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第1回「大使と語る会」
アフターブ・セット駐日インド大使を招いて

アフターブ・セット駐日インド大使は、さる10月31日、朝日新聞アジアネットワークと総合研究本部が主催した朝日新聞社内の講演会「大使と語る会」で、「アジアと向き合う日本」をテーマとする講演を行いました。以下はその内容と質疑の要旨です。

セット駐日インド大使
セット駐日インド大使

<講演要旨>

21世紀の道筋を照らす日印の伝統

私と日本の関係が始まったのは、慶応大学との交換留学生として1年過ごした40年前にさかのぼります。そのころに比べて今の学生の態度、目的意識そして一般的な行動の変化を読んだり聞いたりして心配になりました。

静岡大学の磯田雄二郎教授の話では、東京大学のカウンセラーだったころ、ほとんどの学生が卒業後の人生で何をしていいか分かってなく、驚いたそうです。豊かになった日本の学生があまり勉強しないことが原因となっているのではないでしょうか。実際に国立教育研究所が40カ国について調査を行った結果、日本は大学下校後も勉強する国のランキングで18位でした。また、日本ではわずか14歳にして将来の希望をあきらめかけ、学生の51%が卒業後に責任の重い仕事を希望していないということが分かりました。

昨年の電通人間学研究所の調査も思わしくない結果を報告しています。自国が改善されるだろうと希望を持っているのは、日本において31%、インド68%、シンガポール79%、中国89%でした。世界の将来についても同じような結果でした。

このような、日本の青年にみられる無関心、熱意と目的意識の欠乏という問題と並んで、地球環境の急激な悪化と、枯渇していく天然資源や人口増加の不均衡といった世界が直面する問題にもっと広く目を向けていかなければならないと思います。

従来水は無限の資源だと思われてきましたが、私達は世界において水資源の70%を生態学的に乱し、汚染し、破壊してきました。農業用水、都市工業用水の需要が増える中、河川が共有されている地域で利害の衝突は未だ解決されていません。例えば、ナイル川はエジプトとスーダンによって、ヨルダン川はヨルダンとイスラエル、ティグリスとユーフラテスはトルコ、シリア、イラクそして他の国に共有されています。

地球の温暖化間題が悪化しているのは無制限に排出されるガスによるものです。この傾向が阻止されなければ、浸水でモルジブやミクロネシアなどの島国はなくなってしまうといいます。狂牛病にしても、牛のようなおとなしい動物に羊のくず肉を与え、仲間の死体のすり身まで与えた結果におきた間題なのかもしれません。

グローバリゼーションの悪い面は頂点に達し、最近の想像を絶するテロ行為に至ったのです。こうした傾向は、日本だけではなく、世界中の青年にとって問題です。一体どこで間違いが起きたのか、この状況をいかに正していくか、私達は深く考える必要があると思います。そこでは、インドと日本の文明遺産が私達を助けてくれると確信しています。

包括性あるインド文明

インド文明の特色というのは、包含的なものです。個人は崇拝の手段や信仰する神々について自由があり、厳格な宗教的なテキストも、教理もありません。この包含性のある哲学は、日本などのインド文明に接触した国々に影響を及ぼしたのです。

救い、目覚め、解放、悟り、自由への探求は、いかなる厳格な倫理や道徳の法典にも拘束されないのです。こうした選択の自由は、日本のような国には普及していません。日本では儒教の彩響が大きく、社会の崩壊に至るような個人の熱望は許さず、調和の維持が重要視されたのです。

フロイドが潜在意識を探求する約2400年前、仏陀の時代とその前に現れたインドの思想家は、潜在意識の神秘を解明することに積極的に取り組みました。結果は、命を持つものも持たないものも同じ命の力に溢れ、故に全ての自然、山や川、石、動物、植物、そして人間がお互いに調和し共存していかなければならないというものです。このコンセプトは古代日本の神道の信仰とも共通です。

また、ヒンズー教の伝統と神道の伝統は、どちらも多元的であり、教義、教理、そして絶対的な真実の主張の余地がないのです。古代の日本では、物質と精神と存在は切り離す事ができませんでした。インドでも、全ての現象と世界中の人間に対する普遍的なアプローチがあります。

20世紀における偉大な人物の一人であり、全ての自然と生きている現象の本質的一致を見つけたのは、ノーベル受賞者で著名な詩人でもあるタゴールであります。タゴールは1913年にはじめて日本を訪れています。彼はこのように詩っています。「私の血の中を日夜駆け巡る命の精神と同じものが、世界を駆け巡り、リズムにのって踊りだす。土ぼこりから舞いあがり、無数の葉片になって草花の乱れた波にちぎれいく命と同じように。」

あらゆる物への日本人の敬意

日本で伝統的に行われているように、生きているもの、生きていないもの全てに敬意を表さなければいけないと思います。日本には針供養と筆供養があります。これは、単なる手段でしかない道具を含むあらゆる自然の局面に対する敬意を、日本人が培った事を意味しています。土の中に3粒の種を植え、1粒は地中に住んでいる虫のため、2粒目は空の鳥のため、3粒目は地上に生活している人間のために植える――これは自然と調和しながら共存していくヒンズー教の伝統の良い例です。

私たちの前に立ちはだかっている現在の状況の中で、インドと日本はどう対処していけばいいのでしょうか。

セット駐日インド大使
セット駐日インド大使

21世紀におけるインドと日本の役割は、先祖の古代の知恵を呼び起こし、人類は命のないものや植物、動物よりすぐれているものの、自然を征服するのではなく、自然と調和をもって共存していくという必要をみんなに説得することなのです。

インドと日本は、世界の民主主義の強化という面で自然に協力できます。また、世界における核兵器の武装解除を求め、国連の安全保障理事会常任メンバーとして協力し合えると思います。日本は、恵まれた経済力と、恐ろしい核兵器による攻撃を経験している唯一の国という立場から、世界における核兵器の武装解除を推進する活動を先導していくには最もふさわしいと思います。

日本では、平和と武装解除に関してのインドの持つ真の意図が幾分誤解されているように思いますので、この意味で、北川冬彦の『泡』という詩を読ませていただきます。

   淀んだ河の
   草の
   根元から ぶっつぶっつと浮き上がってくる
   泡たち
   その泡一つ一つは
   曇った珠の内部に    不平不満を一杯 溜めているのだが
   水面上で
   はかなくも 立ち消えてしまうのである

北川先生によって見事に詠いあげられたこの精神が、人間の活動におけるあらゆる面をさらに理解しようとする私たちの努力を実らせてくれると信じています。

日本の対印投資・貿易は、全世界向けの1パーセントにすぎませんが、日本とインドは、知識のフロンティアの分野であるIT、バイオテクノロジー、そして生命科学において協力し合い、そのシナジー(相互作用)が、両国の優秀な頭脳によって、十分に活用されなければならないと思っています。

インド経済の多くの特徴は、日本にとって魅力的であると思います。例えば過去10年の年間6%にも及ぶ成長率をはじめ、400億ドルを超える外貨準備額、安定している為替レート、そして、進行中の特許法、保険、会社法、テレコム、発電などにおけるライセンスの免除または規制緩和などがあげられます。昨年4月1日以来、WTOの規制による輸入数量制限が不動産または小売取引の分野以外ではなくなり、インド経済は国内外における民間投資を大いに歓迎するようになりました。

重要な日印の経済協力

21世紀の初めにおけるインドと日本の経済協力は重要であります。ハーバード卒の経済学者で、戦略的思考家の1人、ブルキ・シャエド氏は、2025年には、中国が世界最大の経済大国となり、アメリカが中国を追うであろうと予測しています。同氏は、インドは現在、世界の生産高の6%しか占めていないものの、将来、13%に達することを想定して、インドが世界第3の経済大国になる可能性を秘めていると語っています。

シャエド氏は、移民受け入れ体制のあるアメリカを除いて、出生率低下が引き起こした経済縮小を経験しているロシア、西ヨーロッパ、日本に比べ、インド、中国、そしてブラジルやメキシコも巨大経済になると予想しています。インドと日本はグローバルパートナーシップを確実なものにしなけばならないのです。

ITの分野においても、日本とのグローバルなパートナーシップが結べることと思います。今後5〜6年のインドのハードウェア需要は220億ドルと見込まれます。ハードウェアは日本の第一の強みであります。一方インドは、この10年でソフトウェアの先頭に立つ国になりました。英誌『エコノミスト』によると、インドには英語を話す人口がおよそ5000万人で、技術的に訓練された労働力を生産する能力を有しています。同誌の計算によると、年間2万5000ドルの収入をあげる技能を持った労働力は1年に1兆ドルもの収入を産出することができ、これは現在のインドの国内総生産高の2倍です。

オランダ航空、スイス航空、英国航空は、現在、ほとんどの貨物、輸送、そして通商上の営業をインドで行っています。ジェネラル・エレクトリックスは、南インドのバンガロールにある強大なテクノロジーパークで研究と開発を行っていて、現在では、本国アメリカより従業員を多く使っています。

インドと日本の情報工学におけるシナジーは堅調であり、お互いの利益のためにも、ITにおいてのパートナーシップを持つことは自然であると思っています。

この講演の初めに、日本の若い人たちと会ったとき、悲観しているように感じたことをお話ししました。しかし、夢を失ったむなしさを乗り越える力を日本が持っていることに関しては、私は悲観的ではありません。日本の歴史は、自然との戦いであり、限られた資源の中で、人間の力と社会の組織力、そして創作力に頼っていかなければならなかったのです。

インドの伝統は、日本とよく似ています。インドと日本はよりよい明るい世界をつくるための努力において、自然なパートナーなのです。インドと日本には、立派な遺産や光を照らしてくれる灯台があり、今の暗闇の中から導き出してくれるでしょう。  

このプレゼンテーションを会津八一の詩を読んで終了させていただきます。この作品は、短いながらも、過去にインスピレーションを求め、過去に敬意を表し、世界の問題と取り組む努力、そしてそれ以上に、人間と自然を結ぶ繊細な絆を敬い、見守り、慈しみ、育てる、差し迫った必要性を描いたものです。

   ここにたたれる 生きておられるかのように
   天国に地上に この静寂の中 ほほえむ観音
   こっそりとやってくる だれが寺の鐘を打つ 夜も更けて
   仏も夢に入るころ
   神なる仏のうつろなまなざし 遠ざかりし昔
   やまとの野辺 かすみいでし

ありがとうございました。

<質疑応答要旨>

――大使が言われたように、ヒンズーと日本の宗教とが比較的似ており、日本人とインド人はかなり共通の要素がありそうですが、日本人はほかの国に比べてインドで働きにくいといわれます。国際会議を主催して成功かどうかの指標は、インド人をいかに黙らせて、日本人をいかにしゃべらせるかだ、というジョークがあるように、日本人とインド人は、行動様式が反対なんですね。これはなぜでしょうか。

第2の質問は、ちょっと違う話です。今、ソフトはインドが強いといわれましたが、ハードはどうして弱いんでしょうか。中国とインドを、機械輸出の全輸出に占める割合で比べると、1990年には、中国は9%、インドは11%。それが2000年には、中国は33%、インドは13%。20%ポイントもリードされた。どうしてこういうことが同じような国で起こったんでしょうか。どうしてハードの分野でインドがそんなに弱いと大使はお考えでしょうか。

セット駐日インド大使を囲む会
セット駐日インド大使を囲んで活発な討論が続いた
 

【大使】国際会議のジョークは、要は言葉の問題だと思うんです。国際会議でなぜ日本代表が静かかというと、これは自己表現に自信がない、言語的な能力の問題もあるのではないかと思います。インドは英語で表現することにたけているし、安心感を持って話します。でも、英語を話す国民はほかにおります。インド人がより多く話すというのは、それだけ話す内容、材料をたくさん持っているからでしょう。

中印は政治体制の差に目を

確かにインドと中国の生産レベルは違いますが、それ以上に違うのが両者の政治体制だろうと思います。この10年間でも4回ほど総選挙があったインドに対して、中国はこの50年余り一度も選挙はなかった。一党の独裁のもとにある国と民主主義的に運営されている国では、こうした比較はなじまないのではないか。インドは25の連立与党があり、広くたくさんの人々を代弁する政権与党がその国を運営をしている。しかし、中国の特権階級は100万、150万ぐらいの共産党員あるいはその関係者が、中国の今までの繁栄を享受している。外国からの直接投資がどんどん入っていますが、直接に受益するのは、ほんとうに限られた人々である。これは4年間赴任しておりましたベトナムも同様であろうと思います。

やはり問題はいかに富が分配されているかということです。1つの例として、実はアメリカを追い越して、600万トンほどもインドのほうがミルクの生産では多く、世界最大のミルク生産国になりました。その生産に従事している農家5000万世帯に対し、第2位のアメリカでは20万です。農業生産者全体の世帯数を比較しても、アメリカは90万、しかしインドでは1億3000万という数字です。このように単なる数字の比較は、本来なじまないものではないかと思います。

それから、西ヨーロッパ、アメリカは農業に大変な補助金をつけている。農家一世帯当たり、例えば、インドが年間6ドルぐらいの補助であるのに対して、1万2000ドルといった補助をつけて、それがコストとなる体制です。莫大な量の生産をするとしても、そこにやはりコストもかかっているということも忘れてはならないと思います。

それから、日本は、食料全体が自給自足ではなくて、せいぜい26%ぐらいしか生産していない。残りは輸入に依存している。一方インドは、小麦では世界第2位、コメでは第3位の輸出国となっています。また、果物あるいは野菜でも、最大の生産国になりつつある。日本は、これだけ豊かな国だけれども、26%しか自給できず、ほかは輸入している。すると、マラッカ海峡が1カ月封鎖されただけで、日本はどうなってしまうのか。だからこそ、冒頭にお話ししたように日印の協力が必要です。

アメリカは、輸入が輸出より多い赤字国であり、インドでさえ赤字ファイナンシングを600億ドルぐらい提供していることで、アメリカの経済が成り立っている。一方、日本は、こんなに輸出超過でありながら、今、景気はこれだけ低迷している。そういういろいろな例をとってみても、数字の比較というのはなかなか難しいと思います。

何を一番見るべきかということであれば、スタート地点と比較して、どれだけ改善されたかです。確かにインドはハードウェアに比べてソフトウェアのほうが強い。しかし、一国がすべてにたけるというわけにもいかないと思います。大事なのは、ソフトウェアの力があるならば、それを一層はぐくんでいくことだろうと思います。  

――日本の軍国主義復活ということに対して非常な懸念を持っているという論調がアジアの新聞で見受けられます。インパールでは日本軍が攻め込んで、激しい戦いもあったわけですが、インドでは日本の軍国主義復活の懸念がどの程度あるのでしょうか。

【大使】インドにはそういった懸念はありません。そもそも両国は、軍事的に衝突したこともありません。むしろインパールやコヒマでは、日印の兵士がともに戦った。ですから、靖国神社に行くと、チャンドラ・ボースによってつくられたインド国軍の兵士の様子も展示されています。インドは日本の軍事的なプレゼンスを一切経験していません。

ただ、中国、韓国、ベトナム、インドネシア、ビルマ、シンガポール、マレーシアでは事情が違います。実際に日本軍が存在したから、日本を恐れる理由が彼らにはあると思います。

しかし、そういった国々であっても、21世紀の日本は、1930年代、40年代の日本と違うんだという認識があると思います。日本の憲法によって、制約があるというだけではなくて、国際的にも制約がかかるような時代になっているので、インドについては一切懸念ではない。だからこそ、もっともっと日印で防衛協力をしていきたい。不安定な力がもしこれから生まれてくるなら、台湾海峡、あるいは南シナ海で現状をよしとしない勢力の動きだろうと思います。現状に満足しない、そして海軍力を持つ国々に対して、抑止力として日本が果たす役割は大変大きいと私は思っております。  

――カースト制度はこの50年間でどのぐらい改善されたか、将来、どういうふうになっていくとご覧になっているのでしょうか。

カースト制、大きな問題ではない

【大使】実は、この7月に引退した前大統領はカーストでも一番下のパセスと言われる階級に属していました。その人がなぜ大統領になったかというと、独立後の憲法の改正によってです。それ以前の18世紀、19世紀から、徐々に改革は進んでいましたし、ガンジーが急先鋒になって、特にカーストの最低辺の人々を、神の民、あるいは子供たちと呼んで意識改革をしてきた。だからこそ、大統領を初めとして、政府高官、企業経営者、大学、そしてジャーナリストにそういった下のクラスの人々が今どんどん躍進してきています。

ただ、社会制度は一晩のうちに急に変わるものではありません。日本もそうだろうと思います。明治維新があって、近代化が進んでも、昔ながらの日本の風習とか社会システムというのは、よしあしを別として、残っているものも多々ありましょう。革命があった中国でも、ロシアの70年間の共産主義体制のもとでも、古い中国の因習やツァーの時代のいろいろな伝統がいまだに残っていると思います。そういうものがやはり社会システムだろうと思います。

しかし、インドとしては、カースト制度を国の一番の問題とはもはや考えておりません。我々にとって一番の課題は、教育ルベルを高め医療ケアをもっと充実する。それによって国民全体の生産をより高めることこそが我々の一番の課題だと思っています。

ちなみに、現職の大統領も、貧しい漁師の一家の出で、その家族は、イスラムに転向しているような、そういう出身の人です。だからこそ、ヒンズー教もわかる、イスラム教もわかる、そして傑出した科学者であるということでもあります。2代連続カーストの一番低いところから大統領が生まれる時代ですから、カーストというのは現実の問題ではないと思っております。

――大使が強調された日本とインドの共通点で、特に一番印象的なのは非暴力的主義です。マハトマ・ガンジーが象徴している、あるいは日本の平和憲法が象徴している非暴力主義には、私は非常に感銘を受けています。この考え方は、アジアでも世界でも、もっと普及すべきだと思います。最近の動きの中で、日朝正常化の動きが事実上決裂に近いともいわれますが、それに関してのお考えを聞かせて下さい。

【大使】正常化の動きというのは、どんな形でも歓迎すべきものだと思います。核と軍縮についての現在のさまざまな努力、試みは、インドがこの50年間提唱してきた道筋とは異なっていると思います。先ほども簡単にいいましたが、軍縮というのは生物兵器であれ化学兵器であれ、あるいは核であろうと、やはり全世界すべてが足並みをそろえてやる、そういう形でなければならない。そうでなければ、きょうは北朝鮮ですが、パキスタンが、イランが、そして、そのうちにイスラエルも表出って実は持っていると言ってくるでしょうし、イラク、リビア、そういった国々がまた登場してくると思います。

私どもは1954年以来、常に主張してきたのは、そういった万国共通でやるというプロセスです。当時はギリシャ、スウェーデンの首相、あるいはタンザニア首相等を巻き込んだ6カ国のイニシアチブもとりましたし、ラジブ・ガンジー首相のもと88年にも、例えば10年という期間を区切ってでも、とにかく普遍的な軍縮をやりましょうという提唱もしました。

しかし、公に核保有国と認められた中国、フランス、イギリス、アメリカ、ロシアという国々も全部がプロセスに乗ってこなければいけないのに、それができていない。NPTにインドが参加していないのも、今のNPTのあり方では、これは絶対機能しないとわかっているからです。

化学兵器ではCWCという形で普遍的な形ができました。しかし、こと核になると5大保有国がそういったことを検討しようともしない。きょうイラクを追い詰めて、あす北朝鮮を追及したところで、その時だけは、もしかしたらうまくいくかもしれないけれども、やはり長期的に考えれば、それではいかないと思います。

――「東アジア共同体」という考え方が、ASEAN諸国と日本、韓国、中国の間などで今注目されていますが、なかなか南アジアまでは視野に入らないようです。またほかにも、オーストラリアやニュージーランドを入れるべきだという議論もあります。その辺をどんなふうにご覧になっていますか。

「共同体」の考え方歓迎

【大使】共同体というのは、それによって複数の国家がまとまる、より近づくということであればすばらしいことです。特に日本とコリア、中国という友好関係が難しかった国が共同体をつくるのは大歓迎です。ただ、長い目で見れば、そういう共同体を(南にも)拡大することも十分に考えてほしいと思います。

今はローカルな視点を持つことは大事ですが、一方でグローバルな視点というものも大変大事になってきている時代です。例えば、水の問題というのはインドにとってのローカルな問題かもしれない。しかし、一方で、それはグローバルな問題でもあるわけです。水不足でインドが大変な状況に陥ったときには、インドが世界にとっての不安定要因になる。そうなれば、それはまた世界の共通問題になるわけです。

国同士が理解しあいグループをつくることは大変結構であり、欧州連合もそれをやっている。しかし、グループの中で閉鎖系をつくってしまって、外に対しては扉を閉めて、そのグループの中で過剰に助け合っていくようなグループであってはいけないと思います。

――インドとパキスタンの間には、テロの問題と、宗教対立で紛争があります。1998年にインドとパキスタンは核実験を実施し、日本を含めて国際社会の不安を招きました。これから、インド政府は核問題についてどのような政策をとりますか。

【大使】核というのはインドにとって戦略的なさまざまな問題のほんの一部にすぎないという位置づけです。別にアジアで、インドが最初に核実験をやったわけではなくて、その先鞭をつけたのは1964年にロプノルで核実験をしたのが中国であることもぜひお忘れなきように。

パキスタンに核能力を定期的に与えてきたのは中国である。そして、その中国はインドの国境から数百キロしか離れていないチベットに核を展開している。中国がミサイル技術をパキスタンに提供し、パキスタンから今度は北朝鮮に提供されるといいます。そういう危険の中で、私たちはそういう戦略をとらざるを得ない状況にあったと思います。

インドはいまだかつて、ミサイルにしろ核にしろ、中国の近隣諸国に展開、あるいは提供したことはありません。5000年の長い歴史の中で他国を攻撃したことは一度もない。そういった歴史を誇れる国は世界でもなかなかないと思います。実は中国とインドは5000年間、大変友好的に平和な関係を維持してきました。文明の交流、知識の交流、技術の交流があって、インドの古代史を書いたのは中国の学者であり、そして巡礼者であったという大変好ましい関係を長く続けてきた。ただ1回、1962年にそういった異常事態(中印紛争)が起こった。それは長い歴史の中のほんの一瞬であったかもしれないけれども、異常事態が起こったということも事実であって、そのために我々の戦略があのような形にまとまり、1998年の核実験につながりました。

しかし、核の問題というのはしょせん病気の症状です。その病気は何かというと、五大核保有国が依然として他国と自分たちは対等だと認めない、普遍的な形でともにことに当たらないことが、まさにその疾病の原因、あるいは病気そのものであると私は思っています。

2002年10月31日


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