アサヒ・コム
検索使い方
キーワード入力

メインメニューをとばして、本文エリアへ 朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe



The Asahi Shimbun Asia Network
 ホーム | 一線から | コラム | アジア人記者の目 | AAN発 | 書評 | リンク | English
AAN発
世界の窓fromアジアネットワーク
戦争体験「個人化」への壁
小倉 和夫
国際交流基金理事長

元駐韓、駐フランス大使。青山学院大学教授(日本外交論)。朝日新聞アジアネットワーク委員。66歳。

「第2次世界大戦が終わってからの約60年間のうち、ベトナムは45年間戦争に明け暮れてきました。平和が訪れたのはやっと15年くらい前からです」

ベトナムの文化人、ディン・クアン氏は、日本の訪越文化使節団との会談で、こう語った。

「今ようやく私たちは、生存のためにすべてを捧げたあの戦争の大きな傷跡を、どのようにいやしてゆくかという大きな文化的、社会的問題に直面しているのです」。クアン氏は、淡々とした口調で付言した。

言いかえれば、ベトナム人は戦争の意味を、民族統一といった国家的レベルの目的達成の戦いとしてではなく、個人個人のレベルで再定義する必要性を感じているのだ。

いわゆるベトナム戦争を、戦争が個人個人の心の内面に与えた影響という観点からみつめた文学作品は、アメリカでは枚挙に暇がない。しかしベトナムでは、あの「神聖な」戦争の悲惨さと非人間性を直視して個人の内面への衝撃をつづった小説は、レ・リューの「はるか遠い日」やバオ・ニンの「戦争の悲しみ」など、1980年代後半から90年代にかけてようやく登場してきたばかりである。

あの戦争を個人の内面から描くことは、実は革命戦争の神聖なベールをはぐことになりかねないという理由から、思想的に困難がある。加えて、あの戦争が、ベトナム人の家族や親族を分断してしまったことも困難な問題を提起している。

「私の5人の息子のうち、2人は南ベトナム兵として共産軍と戦い、1人は北ベトナムの正規兵となり、1人は南ベトナムで解放戦線に参加しました。フエに残ったのは1人だけ……」

ベトナムのある老婦人はそう語っている。

抗米戦争――それはアメリカに対する戦争以上に内戦であった。それも、東西対立がベトナム国内に持ち込まれたという単純なものではなかった。北の農村地域構造に根ざした伝統的社会と南のやや皮相的な西洋化された社会との対立であり、また、南の中の民主化勢力と独裁的政権との対立でもあった。加えて前線への参加は、家族との絆の断絶であり、ある場合には逃避であった。

「戦場では家族のことでとやかく言う人間など誰もいない。家族の束縛から逃れられるなら、死に直面するほどの困難が待ち構えていようと……(中略)はるかにましである」(「はるか遠い日」加藤則夫訳)

戦争を歴史や政治から引き離して「個人化」し「人間化」してゆくプロセスこそ、平和定着への基礎である。

だが、戦争が対外戦争であるのみならず内戦であり、親子兄弟親族の殺し合いの様相を呈した場合、「個人化」や「人間化」は至難である。

第2次大戦は日本にとって、基本的(軍事的)には対中戦争であり、対英米戦争であり、対ソ戦争であった。しかし、中国にとって、あの戦争は、何よりも内戦であった。中国人同士が殺し合い、戦った。その傷跡は対外戦争の側面に比べ遥かに客観視し難く、また真の歴史的評価に時間がかかる問題である。

中国はまだ、真の意味で戦争の傷跡を冷厳にかつ客観的に見るゆとりを持っていない。敵の中にどう「人間」を見、戦争を国家の戦いから個人レベルの悲惨な体験へとどう「人間化」してゆくか、そのための真の心の準備ができていない。

今のところ唯一この二つを結ぶのは「中国国民は日本軍国主義の悲惨な被害者だった」という点だけである。中国人の中にも日本に協力した人もいれば、中国共産党の挑発による戦闘もあったということは依然タブー視されている。その意味で、戦争の「人間化」はまだ行われていない。

ベトナムはようやくこの戦争体験の「人間化」の道を少しずつ歩もうとしている。この歩みへの一助になるものこそ、ベトナムと日本との文化交流なのではあるまいか。

2005年7月20日


▼ バックナンバーへ

asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission