アサヒ・コム
検索使い方
キーワード入力

メインメニューをとばして、本文エリアへ 朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe



The Asahi Shimbun Asia Network
 ホーム | 一線から | コラム | アジア人記者の目 | AAN発 | 書評 | リンク | English
AAN発
越境する文化 時空をこえて3

「親日」と「哈日」の間:「脱植民地」の断層

越村 佳代子
AAN「越境する文化」チーム

繁華街に残る日本人街の記憶

「紅楼劇場」は、日本統治時代には「西門市場」と呼ばれていた。形にちなんで「八角堂」の愛称も=台北市成都路で、謝三泰氏撮影

韓国や中国など東アジアを中心にした日本のポップカルチャー人気は、当たり前の風景になってしまった。台湾で日本大好きの若者を「哈日族(ハーリーツー)」と呼ぶ。「哈」は「好き」を意味する台湾語だが、今や大陸でも日常的に使われる。

「哈日族」の舞台とされる台北市内の繁華街、「西門町(シーメンティン)」に行ってみた。「台湾の原宿」ともいわれる。日本でよく見かけるストリートファッションが陳列され、雑居ビルに入ると、日本製のフィギュアやキャラクターグッズの店が所狭しと並んでいた。

実はこの一帯は元々、日本人街だった。中心にある古びた赤れんが造りの建物「紅楼劇場(ホンロウジュウチャン)」がその歴史の証人だ。

台湾在住で日本統治下の遺構に詳しいジャーナリスト片倉佳史さん(36)によれば、湿地帯を埋め立てて、新しい街をつくった。この建物は明治末期、1908年に日本人の設計で完成した。公衆衛生を管理する施設だった。やがて日本人向けの市場となり、にぎわった。戦後、映画館などになったが、現在、改装されて、2階は劇場に、1階は喫茶店などに使われている。

「紅楼劇場」に限らず、台湾には現在も使われている日本統治時代の建物が多い。かつての台湾総督官邸は迎賓館の「台北賓館」となっている。

西門町における紅楼劇場と同じように、台湾には若い哈日族の2世代前に、戦前の教育のせいで自在に日本語を使い、日本文化に親しんだ高齢者がいる。

好感の裏に圧制への恨み

その日本語世代のひとり、元銀行員の楊徳輝さん(79)に台北市内のマンションで会った。楊さんの日本語は「日本のテレビ番組で落語を見て笑える」ほどだ。

日本統治下では、日本人の小学校とは別に台湾人には公学校が設置され、日本語教育が行われた。戦時下では世帯主とその妻が日本語を使えると「国語常用家庭」として顕彰された。

楊さんは戦後、台湾大学へ進んだエリートだ。旧制台南一中時代の日本人学友と交流し、趣味のクラシック音楽や文学について同窓会誌につづる。最近の哈日現象は「遊びだけ」とにべもない。

だが、旧統治国の文化に親しみをもつのはなぜだろう。背景には植民地を脱した後、再び、当時の国民党政権の圧政に苦しんだ台湾の戦後史がある。

61年前、台湾人は祖国つまり戦勝国の中華民国の懐にようやく戻れる、と期待した。蒋介石の国民党政権の行政機構は大陸から来た「外省人」を重用した。冷遇された台湾人(本省人)の暮らしは、失業や爆発的なインフレもあって、戦前よりも苦しくなった。

47年、本省人の闇たばこ売りに対する取り締まりをきっかけに、市民殺傷事件が起き、抗議運動が全国に広がった。2・28事件である。その過程で政治改革を要求した本省人は大陸から派遣された国民党政府軍の増援部隊に次々虐殺された。侯孝賢監督の映画「悲情城市」はこの悲劇を描いた作品だ。約1万8千から2万8千人が犠牲になったといわれる。49年に国共内戦に敗れた蒋介石政権が台湾に逃げ込んだ。すでに戒厳令が施行され、日常生活は反共の監視下に置かれた。

楊さんは2・28事件の時、大学1年だった。「被害者の家族も含め、何万人もの人々が苦しんだ。日本に対する好感は外省人への恨みの反動です」と語る。

■戦後の日台大衆文化の流れ

1895〜1945 日本統治時代
1947 2・28事件
  49 戒厳令施行
  52 日華平和条約
  65 林海峰の史上最年少囲碁名人位獲得
  71 中華民国、国連脱退
  72 日台断交
  75 蒋介石総統死去
  79 ジュディ・オング「魅せられて」
  79 「さよなら・再見」日本語訳出版
  84 テレサ・テン「つぐない」
  87 戒厳令解除
  88 蒋経国総統死去で李登輝副総統が昇任
  89 「悲情城市」ベネチア国際映画祭で金獅子賞
  94 「おしん」ブーム
  96 初の総統直接選挙で李登輝当選
     漫画「早安!日本」(哈日杏子著)出版
  99 台湾大地震
2000 民進党陳水扁が総統選に勝利、初の政権交代
     台湾高速鉄道計画に日本の新幹線システム採用
  04 世界一超高層ビル完成
     総統選挙で陳水扁再選
(敬称略。「台湾資料センター」などの資料から作成)

流行とともに歴史見つめる

楊心怡さん(右)の好きな日本のドラマは「東京ラブストーリー」。母の李秀英さん(中央)は「不倫ものは感心しない」と語る。衛星放送でNHKのニュースを見る祖父の楊徳輝さんは情報が一番早い=台北市安和路で、謝三泰氏撮影

抗日戦線を戦ってきた国民党政権下では日本語も日本文化もタブーとなった。新たに国語とされた北京語を本省人は、ゼロから習得しなければならなかった。

「台湾語、北京語、英語、日本語をまぜて使いしわが半世紀」という台湾の歌人の思いは、楊さんの実感でもあった。

戦後の教育は中国(大陸)が中心でほとんど台湾の地理、歴史は教えなかった。大陸で実際に体験した日本軍の残虐さをリアルに語った教師もいたという。

楊さんの長男の妻、李秀英さん(51)は「学校から帰れば、父母は日本語を交えて話していた」と日常生活とのギャップを語る。52年生まれの呉念真監督は父親を題材にした映画「多桑(トーサン)」の中で、日本びいきの父を「売国奴」と子がなじる場面を描いた。

90年代の民主化のなかで教科書「認識台湾」が作られ、台湾の歴史や地理を学べるようになった。

楊さんの孫の大学院生心怡さん(24)は日本語を学び、日本のドラマも好きだが、台湾の独自性にこだわっている。「最近は米国人や日本人のまねではなく、自分のテイストのある人が評価される」と、台湾出身で世界的に有名な彫刻家朱銘氏の名を挙げた。

昨年11月台北市内で「日本は東アジアに在るのか?『台湾論』から靖国まで」という座談会が開かれた。中国から社会科学院研究員の孫歌さんが来た。

台湾師範大学で東アジアの流行文化を教える蔡如音助教授も聞きに行った。「流行文化を扱うのに、政治や歴史も見ていくことが必要ではないかと思っている」

会場は「紫藤廬(ズータンルー)」という観光名所にもなっている茶芸館。20年代の日本統治時代の旧官舎である。

インタビュー:侯 孝賢さん
混在から独自の台湾文化を

ホウ・シャオシェン
映画監督

47年、中国広東省に生まれ、翌年台湾に移住。台湾ニューシネマの旗手。05年第2 回黒澤明賞。

日本の大衆文化がアジアに素早く浸透していくのは台湾に限らず普遍的な現象だ。インターネットでどんどん情報を取り入れることができる。

とりわけ、台湾は日本の植民地だったので、「哈日族」が生まれてくる基礎が歴史の中にあった。72年の断交で日本文化も断たれてしまうが、生活のなかに深く日本の文化が浸透していた。例えば「運ちゃん」「おじさん」「おばさん」など、日本語がそのまま使われているし、また、日本の植民地時代の建築がたくさん残っている。そういう中で、「哈日族」という新しい形での受容が始まった。彼らの特徴はすぐに吸収する、その速さにある。

1895年から50年間の植民地統治の後、日本との関係で大きな空白ができた。その時代は米国と一番良かった。日本とはアメリカをはさんでのパートナーだった。当時は米国がすべての主導権を握って台湾を制御していた。

この空白のために、植民地文化というものにたいする真剣な討論がなされなかった。植民地統治時代を生きた人々の「老哈日」とも言える親日感情は、この空白の時間に関係がある。

国民党の2・28事件が起きて「日本の方がましだった」という老人たちの気持ちはよくわかる。実際には植民地時代に反日運動もあったのに、日本の方が良かったと思うようになっている。

私は新作「スリー・タイムズ」(仮題)で、1911年、66年、現代という三つの時代の恋愛を描いた。それぞれの時代の愛を通して、過去を見つめ、今を描く。恋愛もひとつの文化です。

グローバル化が加速する一方で、多元化もする。そのなかで、自分がどういう役割を担うか。台湾独自のもの、唯一無二のものをくみ上げていく。みんなが同じようになるのではなくて、それぞれが、独自なものをつくっていくのが大切だ。

独自なものとは何か。それはものすごく大きく、深いテーマだ。台湾文化はいろいろなものがミックスされてきた。中国もある。日本もある。この混在のなかから、独自の文化をつくり出していければいい。(談)

2006年1月23日


▼ 目次へ

asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission