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幕末の志士から何を学ぶか


天児 慧
早稲田大学教授

現代中国論。早大アジア太平洋研究センター副所長。朝日新聞アジアネットワーク委員。59歳。

第2次世界大戦が終わって61年、東西両陣営の冷戦が終結して15年が過ぎた。現代とは若者たちにとって、第2次大戦はおろか冷戦の記憶さえも定かではない時代である。世界は疑いなく「新しい時代」に向かって胎動している。

どのような方向に向かって動いているのか、その中で日本をどう位置づけ、どんな指針を示していくのか。今まさに日本の政治指導者が問われているのはこの一点である。そうした折に、未来へのメッセージを示すことなく、国際社会からの孤立化と日本のプレゼンス低下をものともせず、ひたすら「靖国という過去」に固執し、自我を通し続けることがいかに愚かなことであるか。

こうした人たちの多くは吉田松陰や坂本竜馬ら幕末維新の志士たちを憧憬(しょうけい)している。小泉首相は執務室に松陰のブロンズ像を飾っているという。彼らの何にあこがれ、尊敬しているのだろう。新しい日本の国造りに命を賭したカッコ良さか。実は私も彼らを心から敬慕している。萩・松下村塾の松陰像、高知・桂浜の竜馬像に向かう時、心の高鳴りを抑えられなかった。

しかし、彼らの凄(すご)さは日本が「鎖国の平和」をむさぼっていた時代に、いち早く新しい変化の兆候を嗅(か)ぎ取り、それがとてつもなく重大なことだと受けとめたことにある。藩という狭い世界を打ち破り、世界を視野に入れて日本の行く道を指し示したことにある。そのために勇気と知恵をもって「西欧列強の侵略」をかわし、旧体制を打破して新体制を打ち立てることに全身を投じたことにある。

いま、その精神と姿勢を学ぶことなく、幕末の志士を仰ぎ奉るのは「虎の威を借る狐(きつね)」にも等しい。

では、新しい時代の胎動とは何であろうか。それは協力や相互依存が深化し、やがてうねりとなっていくであろうアジアの連帯・統合への胎動である。

05年の国内総生産(GDP)を見ても日本、中国、韓国と香港、台湾だけで8兆ドルを超え、これに東南アジア諸国連合(ASEAN)を加えるとほぼ9兆ドルになる。域内の貿易・投資・技術移転なども急速に増大している。これは欧州連合(EU)の13兆ドル強、米国の12兆ドル強に次ぐもので、緩やかながら、すでに世界第3の経済圏が生まれつつある。

なかでも日本と中国、韓国は長い歴史の往来を経て、文化的、民族的にもかなり近似した隣国関係にある。いがみ合い、けんかをし合うのではなく、信頼関係をつくり、協力し合ってこそ全体の繁栄が保証される。

近現代史の中で、この3国は厳しい対立・戦争を経験した。いかなる言い分はあれ、仕掛けたのは中国、韓国ではなく日本だった。そこを十分に認識したうえで両国の人々の気持ちに配慮し、信頼と協力の関係づくりに全力を尽くすのが我々の使命ではあるまいか。欧米との良好な関係を発展させるのは言うまでもない。それは日本のみならず中国、韓国などにとっても必須である。それを踏まえつつ、アジア統合のダイナミズムをつくっていかねばならない。

松陰はわずか29歳にして刑死するまで、世界を、そして日本の進むべき道を説き続けた。竜馬は、志を同じくする脱藩青年らを集めて海援隊を組織し幕末の時代を切り開いた。未来の視座から日本を見つめたからこそ、犬猿の仲だった薩摩と長州の連合は実現したのだ。未来のアジアの姿を見据えてこそ、日中韓の連携も可能となる。

この夏、東京では日中学生会議、日韓学生会議などアジアの若者たちが交流を目指す様々な活動が盛んである。私が勤める大学でもアジアの主要14大学の学生らを集めた「アジア統合を目指す第1回サマー・セミナー」が開かれている。

若者たちの交流のうねりは広がっている。政治家はもっと謙虚に、アジアの現実と新しい胎動を直視し、歴史の使命感を感じて欲しい。

2006年 8月23日


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