 | ポンプを押して持参したかめに水を注ぐ女性。後方の池の水を砂と炭で濾過して飲用にする=バングラデシュ・ムンシガンジ村で、小渋晴子撮影 |
池のほとりで、水がめを抱えたサリー姿の女性たちが順番待ちの列をつくっていた。
「きれいな飲み水はここでしか手に入らないから」。家から1.5キロの道のりを2時間おきに歩いてくるアシュ・ラタさん(38)は嘆く。ポンプを取りつけたコンクリートの設備は、池にためた雨水を炭と砂で濾過(ろか)するタンクだ。
ベンガル湾からマングローブ林を約30キロさかのぼったバングラデシュ南西部の村ムンシガンジでは、約20年前から井戸水に塩がまじり始めたという。村人たちの多くは仕方なく濁った池の水を飲んだ。ある地区では屋根に降った雨を水がめに集め、こしていた。少雨期の約9カ月を5家族35人が1日1人わずか1リットルの水でしのぐ。
2年前にタンクを設けたNGO(非政府組織)「地域開発機構」のモハン・モンダル代表は「塩水は温暖化のせいだと考えている」と、氷河が溶けるなどして海面が上昇、塩水が低地に染みこんだ可能性を指摘する。
バングラデシュでは温暖化に敏感なNGOが貧困層の水の確保に熱心に取り組む。財政に余裕のない政府と対照的だ。
塩水は土壌もむしばみ稲作に打撃を与えた。一部は塩害に強い稲に切り替えたが、約650世帯のうち200世帯がやむなくインドに移住。村にとどまった人も約150人が乾期に都市のれんが工場に出稼ぎに行く。
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ガンジス川などが形成するデルタの国バングラデシュは、国土の8割が海抜9メートル以下。島国と並んで温暖化で最も被害を受ける国の一つだ。「気温が今より2度高くなれば国土の1〜2割が水没し、200万〜500万人が『気候難民』となるだろう」と、環境森林省のモハンマド・レアズディン環境部長はいう。
欧州や日本は二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減に躍起だが、温暖化は止まらない。1日採択された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書もむしろ、加速しているという。このため、脆弱(ぜいじゃく)な途上国はある程度の温暖化の脅威は不可避とみて、それに「適応」する社会づくりを急ぐ。
例えば国連の指導でバングラデシュが作成した適応行動計画は、高潮を防ぐための植林や洪水時のシェルター建設、健康問題への住民の啓発などを盛り込む。緊急対策だけで費用は7千万ドル(約85億円)。昨年11月の温暖化防止の国際会議では最貧国を代表し、「適応に関する基金の財源を増やして」と訴えた。
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やっかいなのは、温暖化の影響と他の原因の区別がつきにくいことだ。
バングラデシュ政府はムンシガンジ村を含む沿岸域の塩水化の原因について、温暖化とともに塩水を利用したエビの養殖が塩水化を助長したと指摘する。エビは日本にも輸出されている。
近くの町でも昨秋、飲用池が高潮をかぶったため、地元の実業家が20キロ先からタンクローリーで飲み水を運び、無償で配っている。こうした災害も通常の気象現象なのか、温暖化が招いたのか判断が難しい。それが先進国に、途上国の適応対策への援助を渋らせる理由の一つになってきた。
IPCCは今回の報告書で、温暖化は人間が引き起こした可能性が90%を超すと結論づけた。その責任の多くは先進国にある。レアズディン環境部長は力説した。
「途上国は温暖化の犠牲者だ。これは人権問題なんだ」
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京都議定書で温室効果ガスの削減義務のないアジアの途上国も、温暖化の影響を受けたり、削減対策に知恵をしぼったりしている。アジアネットワーク「温暖化防止」研究チームでは客員研究員の李志東・長岡技術科学大助教授、馬奈木俊介・横浜国立大助教授の協力で、各地で起きている変化の最前線に迫った。
◆キーワード
<温暖化への適応>
海面上昇や干ばつ、洪水など温暖化がもたらす悪影響を減らしたり、防いだりすること。雨水の確保や高温に強い作物への変更、堤防の建設など地域が受ける環境の変化や生活様式によって対策は異なる。
温室効果ガスの排出削減によって温暖化の進行を食い止める「緩和」とあわせて、温暖化対策の2本柱となっている。
途上国の適応策などを支援するため、「適応基金」「特別気候変動基金」「後発発展途上国基金」が設けられている。
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2007年 2月 2日
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