 | バイオガスをつくる装置をれんがで作る職人たち。牛糞を入れると発酵し、後方の家で燃料として利用される=インド・タミルナドゥ州マニアンティブ村で、小渋晴子撮影 |
「いつでも温かいご飯が食べられるのは本当にうれしい」
インド最南端のタミルナドゥ州にあるマニアンティブ村に住むマラさん(30)は、真新しいガスコンロでミルク入りの紅茶を沸かしながらほほえんだ。昨年9月、火をおこす燃料がまきから牛糞(ふん)を使ったバイオガスに変わった。
150世帯、電気もガスもなかった半農半漁の村は2年前、スマトラ沖地震による大津波に襲われた。いくつもの家が流され、マラさんも家族6人で粗末なコンクリートの仮設住宅で暮らす。
ガスへの転換は海外の団体が資金援助した。敷地内にれんが製の直径約2メートルの発酵装置を埋め込み、ホースで台所のコンロとつなぐごく簡単な仕組みだ。だから、貧しい村にも導入できた。
「まきの煙で涙やせきが出ることもない」とマラさん。以前は雨期になればまきが湿り、煮炊きもままならなかった。今は牛糞を買っているが、近いうちに牛1頭が贈られるという。
牛糞を燃料にする大きなメリットがもう一つある。石炭や天然ガスなどの化石燃料を使わない分、二酸化炭素の排出を抑えられることだ。
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世界で20億人前後が電気やガスなどのエネルギーと関係なく生活しているといわれる。
必要なときに部屋を暖めたり、食べ物を保存、加熱したりできない。無理にまきや動物の糞を室内で直接燃やすことによる空気汚染で年間130万人が命を落としているという。
コンピューターやテレビなどを利用して情報を得ることも難しい。まき用の木の伐採による森林の減少も深刻だ。
エネルギー安全保障をテーマにした昨年の主要国首脳会議(G8サミット)は、そんな「エネルギー貧困」を減らす努力に加え、それと連動して温室効果ガスの削減に取り組むことを確認した。
化石燃料を使った電気やガスを遠くから引くより、地域事情にあった風力や太陽光、バイオマスでエネルギーを作り出す。それが貧困と地球温暖化の両方の処方箋(せん)となるというわけだ。
インド新・再生可能エネルギー省のアラム・トリパティ広報部長も「雇用創出など農村部の発展につながる」と訴える。
二酸化炭素を減らした分を先進国がお金を払って買い取るケースもある。そうすればなお貧困対策にもつながる。
インドでは昨年秋までにバイオガス装置が389万個、太陽光を一点に集めて熱する調理器が60万個普及した。一方で農村部の57%、7800万世帯は未電化のままだ。
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中国・チベット自治区の中心ラサから車で約3時間。日本の村にあたる郷の一地区に電気が通ったのは04年11月だった。「よほど待ち遠しかったらしく、約30世帯すべてがその前にテレビを買っていた」。工事を請け負った電力会社のチベット地区の責任者、于安業さんは苦笑する。
中国は02年、すべての郷に電気を届ける「送電到郷」計画をスタートさせた。当時チベットでは450の郷が未電化。92の郷を于さんの会社が請け負い、太陽光発電で3万人が電気を使えるようになった。
冷蔵庫が入って干し肉ばかり食べなくて済むようになり、日が暮れてから宿題をする子どもらは不安定なランプの光から解放された。
「石炭火力では地球も地域も汚してしまう。環境に恵まれたチベットの人々を豊かにするのはクリーンなエネルギーでしかありえない」。于さんは力を込めて言った。
=おわり
(この連載は、アジアネットワーク客員研究員の李志東・長岡技術科学大助教授、馬奈木俊介・横浜国立大助教授の協力のもと、森治文、小渋晴子、論説委員・脇阪紀行が担当しました)
◆キーワード
<エネルギー消費量>
主要国の年間1人当たり(03年、まきなどの原始的な燃料を含まない)を石油換算すると、米国7.8トン、ドイツ4.2トン、日本4.1トン、韓国4.3トンなど。中国の0.9トン、インドの0.3トンと大きな開きがある。
馬奈木俊介・横浜国立大助教授によると、健康を保ったり、知識や教育を身につけたりするのに必要なエネルギーさえ確保すれば、エネルギーをふんだんに使う生活と比べて、幸福度はさほど変わらないという。
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2007年 2月 8日
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