ここから本文エリア

現在位置:asahi.com>国際>AAN> AAN発

朝日新聞アジアネットワーク
AAN発

朝日アジアフェローのコラムやシンポジウムの詳報

日中韓合同シンポジウム「日中韓の新世代と北東アジアの未来」

ネット世代のナショナリズム

2007年05月30日

 若い世代を中心にインターネットを舞台に「ナショナリズム」が強まっているという。その現状をどう理解したらいいか――朝日新聞アジアネットワーク、韓国の東亜日報21世紀平和研究所、中国現代国際関係研究院は12日、ソウルで合同シンポジウム「日中韓の新世代と北東アジアの未来」を開いた。5回目となる合同シンポジウムには、30代の研究者や大学院生も参加、未来への議論を深めた。(桜井泉)

 【パネリスト】
 高原 基彰氏 《日本学術振興会特別研究員》
 小倉 紀蔵氏 《京都大学大学院准教授》
 楊 明傑氏 《中国現代国際関係研究院院長補佐》
 張 明氏 《同研究院助教授》
 柳 錫津氏 《西江大学教授》
 金 艾ラン氏 《翰林大学助教授》

 【共催】
 朝日新聞アジアネットワーク(AAN)
 東亜日報21世紀平和研究所(PEACE21)
 中国現代国際関係研究院(CICIR)


      □  ■  □

価値観の共有を目指せ

 日中韓の若い世代の考え方を分析し、相互理解のための文化交流のあり方なども含めて議論が交わされた。

写真:全景
若い世代を交えて議論が進んだ日中韓シンポジウム=ソウルで

 高原基彰さんは基調報告で3カ国のインターネット世代には、国家の発展を目指す従来のナショナリズムと異なる「個人型」ナショナリズムが見られると指摘。激しい市場競争にさらされ、中間層になれない若者の個人的な恨みや不安感と結びついているのではないかとする仮説を示した。

 個人主義的傾向は、韓国でもみられる。金艾ランさんは、ろうそくを手に反米集会に参加した若者の行動について「政治はイベントであり、参加する、しないは、社会の大きな理念に共感するかどうかよりも個人の選択の問題だ」と報告した。

 朝日新聞の若宮啓文論説主幹は、朝日新聞の世論調査で外国が攻めてきたときに「戦う」と答えた人が20代に少ないことを挙げ「若者はネットという匿名性の強いメディアで勇ましいことを言っているだけで、本当にナショナリスティックなのか」と疑問を呈した。韓国在住15年余のジャーナリスト伊東順子さんは「韓国人の日本理解は格段に進んだ。ネットの発達でバランスの取れた情報が入るようになったのが一因だ」と指摘した。

 とはいえ、ネット上に現れる過度のナショナリズムへの懸念はぬぐえない。韓国の柳錫津さんは、サイバー空間は、誤った情報であっても短時間で人々を動員する力があり「政治家が悪用すれば、(国を超えて)積み上げた和解や協力は、一瞬にして崩れる恐れがある」と危険性を指摘した。

若者らも発言

コラージュ

 若者の意見はどうか。ソウル大学大学院で学ぶ福元英理香さんは「年齢や国籍に関係なく人間の本性としてナショナリズムがある」という。「日本政府の言い分を客観的に判断しようとしている」という福元さんだが、「韓国で日本の教科書が批判されると、自然に日本の立場を守るようになる」と言う。

 韓国・梨花女子大大学院生の元智賢さんは、ナショナリズムと歴史認識が密接にかかわっている点を指摘。韓国では、豊臣秀吉の朝鮮出兵や植民地支配の歴史を学び、「自国を守らなければ」という意識が強くなるという。柳さんは、日韓の大学生が、戦争中に北海道に強制連行され、亡くなった朝鮮人の遺骨の共同発掘に取り組んだことを紹介した。歴史や韓国についての知識もない日本人が、韓国人と10日間、テントで生活すると、歴史認識に変化がみられたという。

 東アジアで共同体を目指すには、歴史認識も含めて土台となる共通の価値観が必要だ。小倉紀蔵さんは、「思想の土台がないのに、経済や安全保障など機能的な連携から出発すれば、摩擦を高める結果になりかねない」とし、「ベースにある儒教や仏教を役立てつつ、新しい東アジアの価値観をつくるべきだ」と強調した。中国・清華大学の程鋼教授もこの点に賛意を示しつつ、「100年、200年を視野に入れて言語や哲学の共有化にも取り組むべきだ」との見方を示した。

大学で交流を

 過激なナショナリズムを防ぐために、何をすべきか。柳さんは、欧州で大学教育の交流プログラムがさかんなことを挙げ、日中韓でもそうした必要性を指摘。さらに「共通の歴史教科書をつくるのが難しいのなら、3国のテレビ局が協力して歴史番組を作るのはどうか」と提案し、参加者の共感を得ていた。

      □  ■  □

個人的な不安感と結びつき

高原 基彰/日本学術振興会特別研究員

写真:高原さん
たかはら・もとあき 76年生まれ。社会情報学専攻。韓国・聖公会大で研究中。著書に「不安型ナショナリズムの時代」(洋泉社・新書)

 日本、中国、韓国でナショナリズムが暴走し地域協力の障害になっているという議論がさかんだ。これは歴史をめぐる外交問題としてナショナリズムを解釈するもので、国ごとに均質なプラスチックのボールがぶつかり合うイメージだ。この枠組みでは、各国内の政治対立や社会の多様性に注意が払われない。

 ナショナリズムは元来、外交問題以前に国内問題であるはずだ。現代欧州のナショナリズムは、失業問題と移民排斥感情との関係を見ずには論じられない。

 東アジアでもこうした先進国型の新しいナショナリズムが発生しているのではないか。

 日中韓は、共通して「開発主義」型経済発展をしてきた。市民参加の民主主義を抑えつつ、政府、官僚が経済活動に積極介入し高度経済成長を目指し、その結果、多くの人口を中間層に取り込んだ。開発主義を擁護する「保守」と民主主義の拡充を求める「革新」の政治的対立構図が見られたが、両陣営とも中間層を増やすという目標は一致しており、国家の発展を目指すナショナリズムは共有された。

 しかし近年、経済のグローバル化により雇用は激しい競争にさらされ、中間層は上下に二極分化されている。フリーターに代表される、流動化の影響をじかに受ける若者たちは、開発主義による恩恵を受けていないという恨みや中間層になれないという不安を抱く。それらが結びつき、「真の愛国心」を求める。既存メディアに強い不信感を持ち、インターネットを居場所にする。こうした新しい「個人型」ナショナリズムは、遊びや祭りのような側面もあり、何らかのきっかけで噴出する。東アジアの少なくとも都市部はこの段階にあり、共通の基準で相互比較する視点が必要だ。

      □  ■  □

共同体形成へ、新しい人間観

小倉 紀蔵/京大大学院准教授

写真:小倉さん
おぐら・きぞう 59年生まれ。ソウル大学大学院博士課程で韓国哲学専攻。著書に「歴史認識を乗り越える」(講談社現代新書)など。

 東アジアをどう構築するかという議論で「文化」が登場したのは最近のことだ。政治、外交、経済の分野では各国の利害が衝突するが、文化は国境を越えて媒介の役割を担うと期待される。

 しかし文化は「アイデンティティー」の概念と強く結びついている。東アジアでは儒教の伝統と国民国家の枠組みが結びつき、自国の文化が他国より上位にあると認識することで摩擦も生んだ。

 「韓流」は、日本で90年代終わりに始まった「ルックコリア(韓国に学べ)」の延長上にあり、その点で歴史的意味を持つ。日本人は、日本社会がバブル崩壊と極端なポストモダン化によって「劣化」したと認識した。ルックコリアは、民主化や近代化で果敢な実験をしてきた韓国を手本に日本社会をもう一度、モダンな社会に戻そうとする運動であり、韓国の政治家の指導力、IT戦略、構造改革に学べといった議論が展開された。

 韓流と嫌韓流は、「ポストモダン化によって解体された主体を取り戻す」という点で共通する。。韓流は「東アジアとの連帯」、嫌韓流は「日本の主張を堂々と語る」という逆の方向性で思想を実践する。文化の越境は直線的には進まない。相手のアイデンティティーとの出合いは、衝突を引き起こし、反日、嫌韓が台頭し、両国関係が悪化することもある。

 それでは、日中韓はどのような価値を共有し共同体を形成したらいいのか。「多重的な主体性」という人間観を示したい。たとえば歴史認識問題について、各国、各陣営は、自らの論の正しさを貫くためにも、「人間」というものを単純化し一枚岩のものだとみなしてきた。しかし、加害者も被害者も、心の内面は単純ではなく、複雑で多重なのだ。

      □  ■  □

未来志向の協力を

楊 明傑/中国現代国際関係研究院院長補佐

写真:楊さん
ヤン・ミンジエ 65年生まれ。危機管理と安全保障専攻。

 中国の新世代は、60年代生まれで80年代に大学に入り今、40代になった486世代と80年代に生まれた8X世代に分けることができる。

 486世代が幼い頃は、文化大革命だった。70年代末から80年代にかけて入学した大学では、少し開放的になった教育を受け、欧米に留学した人もいる。価値観の大きな変化を体験しており、現実志向的になった。政治的情熱があり、現在、政治、経済、軍事、科学の分野で指導的地位についている。

 8X世代は、豊かな生活環境で育ちインターネットとともに成長した。彼らにとって日本や韓国のイメージは、ITゲームやアニメ、テレビドラマを通じてつくられる。この世代は、国際社会や文化についての理解が深く、中国の文化、科学技術の分野で重要な役割を果たしている。

 日中韓で、新世代がネットを通じてコミュニケーションを図り、未来志向的な地域協力をどう進めていくか。中国の新世代も関心を持っている。

      □  ■  □

憂慮すべき水準

柳 錫津/韓国・西江大教授

写真:柳さん
ユ・ソクジン 58年生まれ。米エール大で政治学博士号取得。

 60年代生まれで80年代に大学に入学した韓国の386世代は、軍事独裁政権に反対し、進歩的な考え方をする。これに対し、02年のサッカーW杯で路上に集まり応援した若者たちには、保守的傾向が見られ、北朝鮮については批判的だ。

 W杯世代の対米感情には一見、理解しがたい部分がある。米軍の軍用車両にひき殺された女子中学生の追悼集会で星条旗を焼いた後に、マクドナルドのハンバーガーを食べる。彼らは米国の根本的な価値を否定するのではなく、米国の政権の傲慢(ごうまん)さを批判していると考えられる。

 インターネット空間に現れたナショナリズムは日中韓ともに憂慮すべき水準にあり、領土紛争、歴史認識をめぐり対立している。相互交流にもかかわらず、こうした現象が起きることについて学問的分析が必要だ。適切な水準のナショナリズムは、社会、国家の統合に必要だが、3国はネット上のナショナリズムへの刺激を避ける方法について知恵を絞るべきだ。

このページのトップに戻る