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朝日新聞アジアネットワーク
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朝日アジアフェローから

国際テロ対策 日本の得意技は漢方療法

竹田いさみ/独協大教授(国際政治学 東南アジア広域研究)

2007年10月08日

写真:竹田いさみさん

 テロ特措法が11月1日に期限切れを迎える。インド洋を舞台に、日本の海上自衛隊が米海軍やパキスタン海軍などの艦船に対して行ってきた給油活動を実質的に継続するか、中止すべきか。与野党それぞれが旗幟(きし)を鮮明にし、激しい論戦を繰り広げている。

 「インド洋」「自衛隊」という二つのキーワードが新聞やテレビで繰り返し報道されるため、この給油活動が日本の採りうるテロ対策のすべてであるかのような印象を与えているが、決してそうではない。

 6年前に米国で約3000人が犠牲となった9・11事件は、史上最悪のテロ事件として人々の記憶に生々しい。米国は、アフガニスタンを拠点として反米闘争を標榜(ひょうぼう)するアルカイダに対して「対テロ戦争」を宣言し、軍事力で組織を壊滅させる政策を採用した。

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 この「テロとの戦争」をめぐる対米協力として日本が行ってきたのがインド洋での給油活動だ。アフガン周辺へのテロ組織の出入りを監視する洋上作戦の後方支援である。

 しかし、この「戦争」の戦果は思うように上がっていない。イラクはもちろんのこと、アフガンやパキスタンでもテロが日常化し、手が付けられない状況と言っていい。そればかりか、日本により近い東南アジアでも、インドネシア、フィリピン、タイなどで爆弾テロ事件が多発するようになった。

 ヒト、モノ、カネの移動がグローバル化するなかで、テロ組織もグローバル化している。サウジアラビア出身のオサマ・ビンラディンが、アフガンで結成したアルカイダは、全世界にネットワークを張り巡らせてきた。工作員の派遣、武器の供与、そして資金提供の3点セットが、テロ組織のグローバル化を加速させたことは間違いない。

 フィリピン、インドネシア、マレーシアのイスラム過激派は、冷戦時代のアフガン戦争を通じて同胞意識を持ち始め、アルカイダからの全面的な資金援助を背景に、国際的なテロネットワークを築くことに成功した。世界中でテロ事件が増え続ける原因の一つは、このようにテロ組織の国際ネットワークが出来上がっていることだ。

 では、米国の巨大な軍事力をもってしても撲滅が難しい、このネットワークを断ち切ることはできるだろうか。時間はかかるものの、着実にそれを弱体化させる方法はあるはずだ。とくに、中東やその周辺よりもまだ症状が軽い東南アジアでは、十分可能であろう。

 柱の一つは、貧困や社会的不公正など、テロをはぐくむ土壌を少しでも改善すること。そして、もう一つはテロ組織を取り締まる各国の治安機関を整備し、テロ資金の国際移動や小型兵器の密輸を厳しく取り締まることである。東南アジアや南アジアでは統治能力が十分ではなく、治安・警察機関そのものが脆弱(ぜいじゃく)なためにテロ組織を取り締まるのが困難な国も少なくないからだ。

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 これらを踏まえ、日本はこの地域の国々に対して既にテロ対策の協力を行っている。

 例えば、海上テロ対策のために海上保安庁がマラッカ海峡沿岸国と連携訓練を行ったり、インドネシアの治安能力を向上させるために警察庁は専門家を派遣したりしてきた。またインドネシアでは、宗教・地域対立で社会の混乱が続いたマルクやアチェに国際協力機構(JICA)が専門スタッフを派遣し、平和構築のあり方を最前線で模索してきた。フィリピンのミンダナオ島では、貧困対策、平和構築のための支援活動に着手している。

 しかし、問題はこれらの支援が質量ともにまだ十分とは言えないことだ。東南アジア向けでは一番多いインドネシアでも、日本が行ったこの分野の無償資金協力は合計14億円余り(05年度実績)。インド洋での給油活動にかかった費用(燃料費と海自の活動費)は、6月末時点で累計560億円を超す。単純に比較は出来ないにしてもけた違いである。

 テロリストが生まれてくる原因は国や地域によって多様だ。現場での十分な情報収集を踏まえたうえで、それを冷静に分析する必要がある。原因の特定を誤れば、テロ対策も誤ることになるからだ。

 インド洋上での自衛隊の給油活動は米国主導の有志連合各国から大いに感謝されている、と政府は強調する。数字を挙げて評価するのは無理だとしても、テロ組織の監視に貢献しているのは事実だろう。だが、それに劣らず関係国が日本に期待しているのは、もっと息の長い地道な支援ではないだろうか。

 その国の健康状態をよく見つめて、弱い部分を治療する。外科手術のような即効性はないが、着実に社会を改善し、テロ活動の温床を断ち切っていく。漢方療法にも似たそういう後方支援こそ、日本のお家芸ともいえるテロ対策のあり方であり、それこそが日本の矜持(きょうじ)である。

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