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朝日新聞アジアネットワーク
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朝日アジアフェローから

中国主席訪日 新しい形の関係印象づけた

 劉傑/早稲田大教授〈歴史学〉

2008年05月21日

写真:劉傑さん

 中国の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席は自らの訪日を「暖春の旅」と称した。小泉元首相の靖国神社参拝問題で冷え切った日中両国は、安倍内閣以来の「破氷」「融氷」「迎春」などと名付けられた一連の首脳相互訪問を経て、国民同士が温かい気持ちで向き合う時代が来るのだろうか。

 2001年以降、日中関係は「政冷経熱」の5年間を経験した。首脳による相互訪問が中断され、相手に対する好感度は国交正常化以来の最低水準を記録した。拡大の一途をたどった日中間の隔たりを修復するのは容易なことではない。しかし、「失われた5年」が残したものは負の遺産ばかりではなく、両国は貴重な経験も学んだ。

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 まずは歴史認識問題。両国は各自の立場を主張するなかで、相手が譲れないギリギリの線を確認することができた。靖国神社参拝問題をめぐって、日本では学界のみならず、メディアがリードする形で国民的な議論が深まりつつある。議論の方向性を占うものとして、財団法人「世界平和研究所」(会長・中曽根康弘元首相)が主席の来日に先立って発表した提言「日中関係の新章 歴史を越えた共存的発展を目指して」がある。提言は、「日本政府、国会の指導者は最大限自制し、中国国民の感情を害する不用意な発言を控える」ことを求めるとともに、「A級戦犯の分祀(ぶんし)といった解決策を国民のコンセンサスに基づき探求」することの重要性を提起した。

 一方、中国側は従来消極的だった歴史共同研究への対応を変更し、両国の学者の共同作業による日中関係史の再検討に積極的な姿勢で取り組んでいる。また、中国の歴史学界においては、「世界の中の中国」を主眼とする教科書の編纂(へんさん)や、新たな視角を用いた近代史研究、日本研究が活発化している。両国の一連の動きは日中間最大の棘(とげ)と言われる歴史問題の克服に貢献するに違いない。

 次は政治関係の安定化。従来、首脳訪問の成果を重く見る中国は、両国間に大きな対立点が存在するとき、訪問を控えるのが一般的であった。日中間には、訪日の成果を損ねかねない多数の問題が燻(くすぶ)っていた。それでも胡主席が訪問に踏み切ったのは、中国が形式的な首脳訪問から、問題を解決するための首脳訪問に方向転換したことを意味する。首脳間の定期訪問が盛り込まれた今回の共同声明は、新しい形の日中関係の可能性を両国民と国際社会に強く印象づけた。

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 しかし、国民の相互理解と国民感情の改善は数回の相互訪問で達成できるものではない。日中間には従来の歴史問題や領土問題に連動する東シナ海ガス田問題以外に、中国産食品の安全問題、知的所有権の保護など、多くの問題が横たわっている。また、日本の国連常任理事国入りをめぐる中国側の対応も日本側の関心事であり、最近では、チベット問題をめぐる日中の認識の違いも浮き彫りになった。いずれも国民感情の改善に影を落とす問題だ。

 日本や欧米諸国にしばしば指摘されるのは、大国化する中国の「透明度」と国際社会の「ルール」順守の問題である。しかし、改革開放を30年間経験した中国人はこの問題を強く意識していることを見逃してはならない。実際には、自由、平等、民主、憲政、法治、人権などの普遍的価値を中国の「核心的価値観」に組み入れるべきだと主張する知識人も多い。高揚する愛国主義の表層から透き通って見えるものは、国際社会との調和を希求する中国人の願いである。ただ、国内の安定に直結する外交問題の処理にあたって、中国は「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若(ごと)し(各方面のバランスを取りながら、慎重に舵<かじ>取りをする)」という老子の言葉を実践しているのかも知れない。

 胡主席は早稲田大学での講演で、日本の対中円借款が中国の近代化路線を支えたことを高く評価した上で、戦後長年にわたって日中関係に貢献した日本国民の努力を、「中国人民は永遠に忘れない」と感謝の気持ちを述べた。中国国民も、多くの日本国民が北京オリンピックの成功を祈り、四川大地震に際し、日本国民が募金を行い、被災地に駆けつけた緊急援助隊員が献身的な救助活動を展開していることに深い感銘を受けている。

 日中関係への中国側の視点は、「不幸な歴史」から2千年に及ぶ友好の歴史と戦後の日中友好の歴史に転じようとしている。この転換を単にチベット問題に対する批判をかわし、オリンピックを成功させるための外交戦略として理解するのではなく、中国の内外政策の趨勢(すうせい)から読み解くことが大事だ。北京オリンピックが中国国民にもたらす最大のものは、国際社会に溶け込む意識の変革なのだ。(2008年5月19日紙面掲載)

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 (りゅうけつ 早稲田大教授〈歴史学〉)

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