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朝日アジアフェローから

エネルギー 資源争奪戦の落とし穴

 伊藤庄一/環日本海経済研究所研究主任(国際関係学、エネルギー政策論)

2008年9月22日

写真:伊藤庄一 環日本海経済研究所研究主任

 「資源争奪戦」とか「原油価格急騰」といった言葉がマスコミをにぎわせ、エネルギーの生産国でも消費国でも、資源ナショナリズムのうねりが高まっている。原油高は一服したかに見えるが、生産国側は資源を外交や国威発揚の武器にしようと鼻息が荒いし、消費国側は油田・ガス田権益を囲い込もうと必死だ。

 今世紀の世界のエネルギー安全保障は、北東アジアの動向が一つの大きな鍵を握るといって過言でない。まもなく米国を抜いて世界最大のエネルギー消費国となる中国と、アジア地域で資源大国としての地位を強化したいロシアが併存するからだ。

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 国際社会は中国のエネルギー需要の急増を心配している。01〜06年の間に、中国の一次エネルギー消費量は1・7倍に、原油輸入量は2・4倍に上昇した。国際エネルギー機関(IEA)は、中国のいまのエネルギー需給構造が変わらなければ、現在50%の中国の石油の輸入依存度が2030年には80%に達すると予測している。

 一方ロシアは、巨大な産油国の地位を維持するためには、東シベリア開発を急ぐ必要に迫られている。これまで原油生産量の7割以上を占めてきた西シベリアの生産能力に陰りがみえ、将来が不安視され始めているからだ。つまり、東シベリアの新規開発で穴埋めせざるをえない。

 とりわけ東シベリアの原油については、「日中争奪戦」というイメージが国内外で広まり、原油パイプラインが日本と中国のどちらに先に向かうのか、という点に焦点が当たる傾向が強い。だが、つい最近まで東シベリアの油田開発が事実上、手つかずだった理由は、投資のリスクが膨大だったからだ。

 というのもロシアは現在、太平洋岸までのパイプラインを建設中だが、近い将来に安定した送油量が確保されるかどうか国内でも意見が分かれる。ロシアは油田開発への外資の参加条件を厳しくしつつあるが、他方、採算性の見込める商業生産を成り立たせるのに必要な原油の確認埋蔵量(潜在埋蔵量でない)の確保は現時点で不十分だ。  東シベリアの原油を「日中の奪い合い」とはやすことは、結局、中国の脅威を叫びながら、実は競争相手の分まで過大な投資リスクを「買って出る」自家撞着に過ぎない。エネルギー市場専門家は、将来原油がパイプラインで太平洋岸に送られるようになっても、かなりの量がタンカーで対中輸出されるとよむ。

 中国側にとっては、日本の出資で東シベリア開発が加速されるなら「棚からぼた餅」だ。実はロシアでは、地政学上の潜在的脅威である中国の「資源供給地」になることへの警鐘が鳴り始めている。つまり、日本の出資は中国の経済的プレゼンスが突出するのを相殺する意味がある。翻って、日本がロシアの資源をめぐり中国との競争心を高めるならば、ジャパンマネーを利用できる中ロ両国ともに、笑いがとまらないだろう。

 日本は資源小国だが、今では世界最大規模の半年分の石油備蓄を誇り、2020年代には人口減などの社会経済の構造変化によって、エネルギー需要は頭打ちになるとみられている。(『2030年のエネルギー需給展望』、?年経済産業省)。もはや日本には、血眼になってリスクの高い油田に単独で手を出す合理的な理由はない。

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 アジアの消費国は欧州諸国と異なり、対ロシアの石油・天然ガス依存率が低い。ロシアがエネルギーを武器としてアジア方面へ虚勢を張ることは、安定した消費市場と投資規模の縮小を意味する「墓穴掘り」となろう。さらにモスクワは、アジア諸国にとっては米国や欧州連合(EU)諸国との外交・経済関係の方が基本的に重要であるという事実を直視し、対欧米関係の悪化でだれが最も損をするのか冷静になるべきだろう。

 もし東シベリアの油田開発が運よく成功すれば、世界の原油市場の安定に寄与しうる。逆に、期待はずれだった場合、北東アジアの将来の潜在的な争いの種をひとつ消すことになるだろう。

 いわゆるエネルギー安全保障を考える時に、国際政治のパワーゲームと経済コストの問題が整理されずに論じられることが多い。しかし、投資リスクを度外視するような資源外交は、果たしてエネルギー安全保障といえるだろうか。自前のコストを最小限にして、実益の確保をめざすのが戦略というものだ。

 中国だけでなく、韓国やインドなども、東シベリアの油田に関心を示している。日本は投資リスクの国際的分散を念頭に、これらほかのアジアの消費国と対ロシアのエネルギー戦略の政策協調を図っていく必要がある。

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(いとう・しょういち 環日本海経済研究所研究主任(国際関係学、エネルギー政策論))

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