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朝日アジアフェローから

アジアと日本 文化共通意識生かす外交へ

 小倉和夫/国際交流基金理事長

2008年10月20日

写真:小倉和夫 国際交流基金理事長

 アジアにおける強国としての地位に頼り(欧米中心の)国際社会を生き抜く――それが明治時代から、1930年代までの日本外交の生き方だった。そこでは、国益、すなわち富国強兵のために、帝国主義諸国との協調が重んじられた。しかし、アジアの中での強国の地位を追いかけすぎた結果、アジアの民衆運動に背を向けたのみならず、英米の主導する国際秩序そのものの変更を追求、それも軍事力での変更を追求した結果、アジアの民衆に被害と屈辱を与えただけではなく、国際社会から糾弾された。

 国民の間に、アジアの民衆と連携する意識が全くなかったわけではない。しかし、それは漠然としたアジアへのロマンチシズムか、さもなければ西欧植民地主義への反発を基礎にするものに過ぎなかった。しかも、アジアの大衆は、教育の上でも、経済水準の上でも、日本と連携するだけの基礎を持たなかった。

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 第2次大戦後、国際社会の名誉ある一員と認められるために、日本は、日米同盟を機軸とし、「平和外交」と経済発展に徹し、やがて、その基礎の上に、国際社会への「貢献」を旗印として、国際的地位の向上を図った。アジアでの日本の地位は、(欧米中心の)国際秩序における役割に規定された。日本は、アメリカの世界戦略に協力する形で、アジアと向かい合った。日本外交は、アジアの民衆よりも、相手国政府の戦略とアメリカのアジア政策と連携した。

 アジアのいくつかの主要国が、非同盟主義や第三世界の経済論理を主張するとき、社会主義者など一部をのぞけば、日本は、いつも「西側」の陣営からものを見ていた。

 アジアの国の発展が軌道にのり、何人かの東南アジアの政治指導者が、アジア的価値にもとづく経済発展と政治的成熟への論理をもちだしたとき、日本の政策当局者は白い目を向けた。国民の大多数も、アジアよりは、アメリカを向いていた。近代において、日本の国民とアジアの民衆との間に、真の連帯意識が生まれたことは、一部の人々を除いて存在しなかったといっても過言ではない。

 しかし、今、ほとんど、歴史上はじめて、アジア、とりわけ、日本、韓国、台湾、中国の沿海州を中心とする都市部の若者の間に、ある種の文化的共通意識が育ちつつある。一種の文化共同体が東アジアに出来つつある。

 アニメ、マンガ、ファッション、アート、コンテンポラリーダンス、アジアンポップス――ポストモダンの芸術、美術、音楽の分野で、アジアはある種の一体感をもち、またアジアのダイナミズムは、多くの分野で、世界をリードする力をもちつつある。その過程で、アジアの若者たちは、政治的国境を越え、経済的障壁を乗り越えている。

 そうとすれば、アジア共同体構想といったものも、政治や外交、あるいは経済、貿易、金融、環境、エネルギーといった視点からばかり論ずることは、もはや時代遅れではあるまいか。今アジアの民衆をつないでいるものは、政治でも経済でもなく、ある種の文化的社会現象である。

 こうした現象を、日本のソフトパワー発揮の好機ととらえて外交の手段、すなわち日本の政治的影響力を増大させるために使用しようとするのは、いささか邪道であろう。なぜなら、現代文化の潮流は、そこに、反権力の色合いと反社会的とすらいえる創造的ダイナミズムを内包しているからである。

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 今、日本外交がなすべきことは、東アジアの若者たちに、一過性的でなく、恒常的な交流と共同作業の場と機会をもっと提供することであろう。アーティスト・イン・レジデンスの拡充やアジア映画専門劇場の開設、アジアの演劇人が自由に共同制作できるようなアジア劇会の創設、そしてそれらすべてを円滑に行うための大前提たる、翻訳者の育成とアジア文化の相互紹介事業の拡充などが急務だろう。

 東アジア共同体構想や日本の観光立国政策も、こうした文化的次元の議論にもっと精力を注ぐべきではなかろうか。そうしてはじめて、日本のアジア外交は、対欧米外交の従属変数であることをやめて独自の展開をしめすことができるのである。

 なぜならば、アニメの中には、日本の伝統的自然観が潜んでおり、それこそ、これからの地球の環境問題解決の一つの鍵を提供するものともいえ、また、機械やロボットを人間の体の延長と観念する日本人の感覚は、21世紀の人間社会のありかたに、伝統的ヨーロッパの観念とは違う考え方を注入するものだからである。アジアの伝統と観念の世界的規模での普遍化の可能性をさぐることこそ、これからの日本外交の大きな柱の一つではあるまいか。

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(おぐら・かずお 国際交流基金理事長)

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