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朝日アジアフェローから

北京言論事情 多様性と変化を注視しよう

 高原基彰/日本学術振興会特別研究員(中国社会科学院訪問研究員)

2010年01月21日

写真:高原基彰/日本学術振興会特別研究員(中国社会科学院訪問研究員)

 現在の日本で、中国に対するイメージははっきり二つに分かれている。一方ではグーグルを検閲するような悪しき独裁体制であり、他方ではこれから自国製品を無尽蔵に買ってくれる巨大市場、世界経済の救世主である。両者が組み合わさって、どこか信用できない、不気味な存在である中国が経済的に巨大化し、日本が追い越されてしまうという焦りが蔓延している。

 これら二つの両極端なイメージは、「親中」と「反中」という表面的な違いはあっても、内部の多様性と変化をまったく考慮に入れていない点で、同じである。中国は確かに民主的な国とは言えないが、天安門事件から二十余年を経て、民主主義を求める人々の欲求は高まっている。また、中国がこのまま順調に成長を続けるという楽観論は、政府系の研究者の間でも少数派である。むしろ、現体制はもう限界に近づいているという危機感が、政治的立場を超えて共有されている。その中で市井の人々は不安を抱えつつ、不透明な将来を見通そうと必死である。

 その表れの一つは、民衆の政治活動が厳しく抑制されてきた北京に、人々の自発的な学習と討論の場、いわばサロンが出現していることだ。

 中国における政治論争、つまり左右対立は、大まかにいって「左派」と「改革派」の間に形成されてきた。前者は毛沢東主義に連なる社会主義保守派であり、特に1980年代以後の改革開放と市場経済化に反対の立場をとる。それに対し後者は、旧体制の中で蓄積されてきた既得権益に対し批判的で、さらなる改革と市場経済化の進展を求める。

 北京市内の二つのサロンも、この左右に分かれており、それぞれの陣営の書物を多く蔵する書店が主宰している。前者の「左派」の側に立つのが「烏有之郷」である。私が行った時は、若い学者が、西洋思想の自由主義は結局のところ植民地主義であり、中国のような新興国の敵である。よって中国の特色ある社会主義を見直さねばならない、という趣旨の講演をしていた。

 もう一方の「改革派」の側に立つのが「三味書屋」である。こちらでは気鋭の女性作家が、「公民社会に向けて」という主題で、上からの動員ではなく、個人の自発的な意志に基づく連帯がより良き社会を作るのだ、と熱弁を振るった。

 どちらの講演会も週末に開かれ、200人ほど収容できる会場は、席が足りずに立ち見客でごった返すほどの盛況である。老若男女が集まり、話を聞く目つきは真剣で、質疑応答も活発である。むろんここに集うのは、ごく一部のインテリ層である。しかしここ30年、激動の変化を経験してきた中国人は、その中で得たものと失ったものを比べ、自分たちが何者であるのかを再考しようとしている。彼らは単なる消費者でも、一枚岩の集団でもなく、変化の中で迷う人間たちである。

 ◇1976年生まれ。近著に「現代日本の転機」(日本放送出版協会)。

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(たかはら・もとあき)日本学術振興会特別研究員(中国社会科学院訪問研究員)

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