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朝日アジアフェローから

漢字文化圏 東アジアのDNAの絆を再認識しよう

 王敏/法政大学教授(文化論・日本学)

2010年02月18日

写真:王敏/法政大学教授(文化論・日本学)

 モスクワで「愛」や「吉」「和」のデザイン字をはめ込んだアクセサリーに驚いた。欧米では、漢字がファッション化してTシャツの柄に流行している。東アジアの最近の経済的台頭が漢字文化圏の台頭とも受けとめられていることを知り、中国で生まれた漢字が西洋と接触するまで東アジアの唯一の国際文字であった意味をもう一度考えてみた。

 日本列島の人々も「論語」「千字文」渡来以前から漢字と触れ合っている。邪馬台国問題に絡めて取り上げられる三角縁神獣鏡の銘文がそれを示している。早くから漢文が朝鮮半島との国際語になった。江戸時代の朝鮮通信使も漢文を主体に交流したという。幕末、ペリー来航で結んだ日米和親条約も漢文が英語などと並んで公式文書とされた。

 考えてみれば、中国も日本も朝鮮半島も古代からずっとそれぞれ同じ地域に滞留したうえに、漢字という手段で活発に交流したために、共通の文化エリアを形成した。強大な勢力を誇った古代エジプト文明は断絶した。ヒエログリフが19世紀に解読されるまで長く忘れられた文字であり、太陽神崇拝もイスラム化によって消え去ったのである。広大な東アジアで同じ文化圏が連綿と4千年、5千年も一貫して現在に至ったことは世界史的に奇跡の部類に属するのではないか。

 漢字文化を共有していた結果、明治以降に日本人が西洋文献の翻訳で作った和製漢語が中国、朝鮮でも取り入れられた。国名「中華人民共和国」のうち「人民」も「共和」も和製漢語だった。「演説」が英語の「スピーチ」を汲み取った福沢諭吉の創作であることはよく知られている。中国で使われている和製漢語は少なくとも千語以上とみられる。

 漢字ほど西洋の思想や科学知識を自分たちの言葉に置き換えるのに便利だった文字はない。「デモクラシー」は「民主主義」となり、「みんしゅしゅぎ」を聞いた西洋人は音にデモクラシーの痕跡がなくなっても、意味が残る漢字の造作力に驚嘆するという。

 日本人は古代に平仮名、片仮名だけでなく、国字も創作して知恵を養い、西洋語に出会ったとき、いち早く漢語訳を成功させることができた。「資本論」など多彩な和製漢語の展開が遅れていたら、東アジアの近代化はどうなっていたか。日本人の西洋文化受容の成果を取り入れることができたのは同じ文化圏に属していたからである。

 これまで「中国文化圏」とか「儒教文化圏」とふつうに呼ばれてきたが、この表現では日本や朝鮮半島の文化的影響が軽視されている。「漢字文化圏」という表現なら、影響を及ぼし合ってきた歴史も含まれ、東アジアの文化DNAの絆を認識できる。

 漢字を通してみれば東アジアがきっと変わってみえる。互恵の関係が浮き上がる。まとまりを取り戻す契機として、加藤周一さんが晩年、特に強調していた「漢字文化圏」の再認識を提唱したい。

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(ワン・ミン)法政大学教授

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