カネミ油症事件は1968年に起きた。カネミ倉庫製の米ぬか油を食べた多くの人々が体のあちこちをむしばまれた。「黒い赤ちゃん」は油を直接摂取した母親から生まれた。母乳を通して、肌が黒くなった赤ちゃんもいる。黒い赤ちゃんは化学物質が次世代に与える影響を考えるうえで、象徴的な出来事である。この本は、世間からいったんは忘れ去られた事件を掘り起こし、これは今の問題だ、と問いかけた労作である。
油症の原因はPCB(ポリ塩化ビフェニール)と言われていたが、やがてPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)というダイオキシン類が主要なものだと分かった。厚生労働省も今年、原因物質がダイオキシンであると認めた。ダイオキシンはベトナム戦争時、米軍の枯れ葉剤に含まれていた猛毒だ。PCBとともに、母親の体内に蓄積し、次の世代にも影響を及ぼす「環境ホルモン」と疑われている。
事件当時、環境ホルモンとの関連性についての知見はほとんどなかったが、いまから見ると、黒い赤ちゃんはダイオキシンが体内のホルモンの働きを乱したせいではないか。科学的な因果関係はともあれ、そう思う。
行政や医療への不信感、世間から受ける差別などから沈黙していた患者たちの中には、実名を出して声を上げる人が出始めた。支援の市民グループも生まれた。そんな中で、時宜を得た作品だ。というより、ひとりのルポライターの執念とも言える取材活動が患者を支え、市民の共感を広げた側面は小さくない。
患者らを訪ね歩き、4年に及ぶ取材は同じジャーナリストとして脱帽させられる。皮膚、つめ、歯茎が黒ずむ「色素沈着」や、乳がん、心筋こうそく、陰部のできもの……。患者を襲う症状はさまざまだ。遅きに失したとはいえ、しかし、いまでもまだやれることがある。患者救済、さらには化学物質対策を急がねばならない。そう痛感させられた。