8月1日は「水の日」である。タイムリーに出版された本書は、私たちに世界の水問題がいかに身近で深刻か、考えさせてくれる。
日本で水不足が深刻に語られることは通常はない。雨が多く森林もあるアジアモンスーン地帯に位置する幸せである。蛇口をひねればきれいな水が出る。でも、食料の輸入大国である日本は、穀物を育てるために必要な水を世界各地から大量に輸入していることと同じだ。「地域性の強い水問題だが、実は地球規模の水問題とつながっている」と、筆者の渡辺さんは水問題をグローバルな視点で見る大切さを指摘する。
いまは朝日新聞論説委員として筆をふるう渡辺さんが水問題に取り組むようになったきっかけは、若いころ、三重県津支局に転勤になり「長良川河口堰問題」に出会ってから。それからもう四分の一世紀以上にわたって、水問題とかかわってきた。日本国内はもちろんだが、欧米、アジア、アフリカ各地を回って取材を重ねてきた。そうした取材を通して見えてきたことを、情熱を込めて綴ったのが本書である。「水を通して、近代とは何だったのか問い続けてきた」という。
渡辺さんの得た結論は「水の惑星・地球がいま危ない」であり、「21世紀を水危機の世紀にしてはならない」である。とくに、アジア地域の現地取材を通して「水の不足、質の悪さなど影響を受けるのは、常に弱い貧しい人々である。この地球で起きている水の危機を傍観することは許されない」と熱く語る。
アジアに限ってみれば、中国の大河・黄河の流れが河口にたどりつかず中流域で水無川になってしまう「断流」のルポも衝撃的だが、評者が感心したのはエピローグで触れられた新疆ウイグル自治区の地下水路「カレーズ」のルポである。近代的な水路や運河に作り直すのではなく、2000年の風雪に耐える「先人の知恵」を、いまなお生かす現地の人々の姿をいきいきと伝えている。
現場を大切にする新聞記者が心がけなければならない心得のひとつは、いかに「生きた」言葉を拾ってこれるかである。渡辺さんは、新疆ウイグル自治区ですばらしい言葉を拾ってきた。「水の粒が大きい」という言葉である。天山山脈からしみ出た地下水が、山と砂漠の地下を流れる間に、さまざまな鉱物を吸い込み独特のおいしい水になるという。その「天然のミネラルウオーター」を、現地の人たちは「粒が大きい」と表現したのだ。こんな言葉を聞き逃さない渡辺さんは、プロの中のプロ記者である。
水問題を考えるために、また紀行文を楽しむために、さらにすてきな文章に触れるためにも、この本の一読をおすすめする。
わたなべ・ひとし 45年生まれ。朝日新聞の社会部記者を経て、95年から論説委員(名古屋在勤)。著書に『激流の長良川』など。