テレ朝「報道ステーション」のコメンテーター加藤千洋さんは、エッセイの名手でもある。たとえば北京の古物市場、「鬼市」を覗(のぞ)いた一文からは、まるで現地ルポのマイクを握っているような、雑踏の喧噪(けんそう)までが、確かに聞こえてくる。
今、北京の人が「鬼市」というと、週末だけ、ブローカーや農民が全国から集まって、がらくたや古書、骨董(こっとう)を商う古物市場のことなのだそうだ。「ほぼ偽物なのでそのつもりで」と忠告されたというが、夜の明けないうちから市が立つといい、「闇市」さながらである。
「鬼市」というと私がピンとくるのは、古代中国の史料に出てくるそれである。文化人類学でいう「沈黙貿易」のことを指し、古くはヘロドトスの『歴史』にも登場する、言葉の通じない民族同士が、無駄な軋轢(あつれき)を避けるため、無言で物々交換をする営為である。漢民族は、鬼が集まって市を開き、あたかも人のように貿易に従事すると考え、「鬼市」と呼んだらしい。夜半から鶏が鳴くまでの暗闇の中で行われたとのことだから、やはり「闇市」でもあるのだろうか。そんなことをつらつら考えながら読み進む。加藤さんが、共産党中央から流出したらしい「機密」の但(ただ)し書きのある、林彪一派の幻のクーデター計画を入手したという骨董市も、この「鬼市」だったのだろうか。
加藤さんは東京外語大中国語科の出身だそうで、得意の語学を駆使して裏通りをくまなく歩いている。等身大感覚の、温かく鋭いまなざしが、特派員として北京駐在中、トウ小平死去のスクープを掌中にさせたのでもあろう。
突然敷かれた交通規制の中、黒塗り高級車が続々と詰めかける病院の前には、野次馬(やじうま)が数十人集まっていたが、記者は一人も、中国人記者すらいなかったという。さらにトウ小平が息を引き取った病院から最後に走り去った高級車に江沢民が乗っていたと喝破する。中国では古来、後継者は死の床にある先王の遺言を聞き漏らさぬよう最後まで枕頭(ちんとう)にはべり、最後に引き揚げるものだからだそうだ。
中国に対する深い理解と洞察がなくては、特ダネは取れないのだと実感する。
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かとう・ちひろ 朝日新聞編集委員。テレビコメンテーター。著書に『胡同の記憶』など。