中国はアメリカと並んで日本の外交の両輪をなす重要国である。しかし一般の日本人が中国の実情に関して客観的な情報を得ることはアメリカに比べてはるかに難しい。それは改革開放の定着した今日でも、政治や軍事に関する情報を出したがらない中国の体質のせいもあるが、日本人の多数派がかつては「親中」、今は「嫌中」という色眼鏡で中国を見てしまう癖があることにも原因がある。メディアには大量の中国論があふれているが、部分的な情報を拡大解釈して色眼鏡を厚くするものが多く、真に蒙(もう)を啓(ひら)いてくれる作品は少ない。
そうした中で本書のような分析は、中国に対する長年の冷静な定点観測を集積した貴重な存在である。著者は中国の現状分析をリードする学者であり、20年以上にわたってアジア問題を専門とする月刊誌『東亜』に中国分析を連載してきた。本書はその連載を集めた9冊目の書物であり、03年と04年に書かれた記事が中心となっているが、本年春の反日暴動を受けた分析がつけ加えられている。
言うまでもなく、この時期は02年11月に江沢民政権と交代した胡錦涛政権が地歩を固めてきた期間にあたる。「世界の工場」として定着した中国は、国際的に見れば台頭する大国である。胡錦涛政権もそのことを意識し、一旦(いったん)は「和平崛起」(平和的発展)を掲げた。しかしこのスローガンは一時期取り下げられ、最近また復活した。ちぐはぐな行動の背景には内外に様々な矛盾を抱え、明確な指針を打ち出せないでいる胡錦涛政権の苦境がうかがえると本書は分析する。
国内的にも、胡錦涛政権は中国社会の急速な変化に対応した新たな政策を打ち出すことが期待されていた。しかし、「科学的発展」といういかにも理系出身者が多い世代らしいスローガンを示してはみたものの、山積する社会問題に対して具体策に乏しく、むしろ政治的引き締めが強化される傾向すらある。
巨大な矛盾を抱えた中国という存在のありのままを知るという、日本人にとって最も重要な視覚を教えられるいぶし銀の一書である。