全国人民代表大会で温家宝首相が強調したとおり、三農問題(農業、農村、農民)は中国共産党が直面する最大の課題だ。人口十三億のうち農民は九億人。そのうち四億人が余剰労働力とされるが、彼らには働く場所も出て行く先もない。都市戸籍と農村戸籍という二元戸籍制度で移動が制限されているため、出稼ぎに行っても社会保障はなく、子供は教育を無償で受けられない。不公平を解消すべく戸籍法の見直しが迫られているが、政府部門は制度撤廃に反対している。
改革開放政策に潤うのは都市だけではないか。著者夫婦は、農村三大改革のうち「大包干(ダーバオガン)」と呼ばれる生産請負制と、農民にかかる税や負担金を軽減する「税費改革」の発祥の地・安徽省を二年かけて歩き、農村の実態調査を行った。
地方幹部の腐敗ぶりが甚だしい。九八年、朱鎔基首相(当時)が視察した村の幹部は、空の倉庫に急遽(きゅうきょ)穀物を運び込み、彼を欺いた。税負担の問題を県に訴えた農民が派出所で殺されたリンチ死事件や、幹部の不正を県に直訴した農民が一斉逮捕された事件など、政府を震撼(しんかん)させた事件の真相もすべて実名で明かされる。
注目すべきは、税費改革の第一人者、何開蔭(かかいいん)らが食糧市場の開放・価格自由化を目指す改革案を提示する経緯と、彼らが直面する障壁がそのまま中国の構造問題を浮き彫りにする点だろう。公務員の人員整理がないまま実施された税費改革のしわ寄せは義務教育に及び、教師の給料未払いが続いた。改革の先陣を切った村の小学校を訪れた朱鎔基は、ペンキがはげ落ちた古い机をさすり、「なんということだ」と嘆息したという。
農村出身の著者らでさえ、知らなかった現実。まずは出版を優先したためか、政府首脳や一党独裁への批判はない。「人民の利益」を重視すると宣言した胡錦涛政権には期待を寄せ、国はもう一度革命を行い、農民を解放せよと書く。
だが、本書は発売二カ月で発禁となった。海賊版七百万部という異常事態が隣国の闇の深さを物語る。それは同時に、既存の法則がすべてあてはまらなくなる「相転移」寸前の社会の蠢(うごめ)きにも映る。