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南アフリカ 命を守る(上)

2008年3月5日

  • 青木美由紀

地図写真動物や魚の骨を使って占うサンゴマ写真のどかな農村風景写真服薬支援しているところ写真ウィルソン&マーガレット

 アフリカのエイズの現実は深刻だ。世界で最も多い陽性者数を抱える南アフリカでは、ボランティアたちが村の命を守っている。

■村の“いのち”を守るボランティアたち(南アフリカ共和国リンポポ州)

 「報酬もそんなにあるわけじゃないのに、あなたはなぜボランティアを続けているの?」「だって、私がボランティアをやめたら、村の人たちみんなが死んじゃうでしょ」

 この「ボランティア」とは、村の中で患者さんと公的な医療サービスをつなぐ大事な役割を果たしている「在宅ケア・ボランティア(Home−Based Care Volunteer)」のことである。平たく説明すると、日本のヘルパーと民生委員を足して二で割った感じと言えばイメージが湧くだろうか。彼らの果たす役割はとても幅広く、HIV陽性者やエイズで親を亡くしてしまった子ども達、そして慢性疾患患者のケアなどをしている。

 私が2005年8月から赴任していたリンポポ州は、ジンバブエ、ボツワナ、モザンビークと3カ国の国境に面した、非常に自然の美しい地域である。ここは南アフリカの中でも黒人系アフリカ人の割合が97%と最も高くまた「サンゴマ」と呼ばれる呪術的療法を行う伝統療法士を頼りにしている人の割合も多い地域である。

■アフリカにおけるエイズの現実

 単一国として世界で一番多いHIV陽性者数を抱える南アフリカ。「アフリカには2種類の人しかいない−HIVに感染している人、そしてその影響を受けている人たち」南アフリカに駐在して程なくしてからこの言葉を目にしたとき、「随分と大げさな!」と思ったことを覚えている。しかし、この言葉が現実味をおびてくるまでにそれほど時間はかからなかった。私が赴任したばかりの2005年は、リンポポに抗HIV薬が導入されたばかりで、知り合いになった人たちは、薬を手にする事もなく次々と亡くなってしまった。「HIV=死ではない」というスローガンが掲げられていながらも、当時の南アフリカの農村地域では、人々にとっては「HIV=死」というイメージが強かった。

 リンポポの農村地域に住み始めた私は、知り合う人たちが次々に亡くなっていくというアフリカのエイズの現実に直面し、そのたびに涙を流した。何かできたのではないか、、、と自分の無力さを嘆くことも何度もあった。でも私以上に悲しい思いをしているのは、毎日このような患者さんの世話を身近でしているボランティアたちである。

■結核患者さんの服薬支援をするボランティア

 ボランティアたちの毎日の活動は朝7時の結核患者さんへの家庭訪問から始まる。結核は6〜8ヶ月間、しっかりと薬を飲めば完治する病気である。と言葉でいうのは簡単なことだが、薬を毎日飲み続けることはそんなにたやすいことではない。それと、患者さんはちょっと調子が良くなると自己判断で服薬を止めてしまったりする。そうすると薬に対しての耐性ができてしまい、結核が再発したときに飲める薬がなくなってしまうことがある。ボランティアたちは、それを食い止める為に、毎日ひたすら通い続け、目の前で服薬を確認するのだ。

 ボランティアの一人、フローラは言っていた。「私は毎朝30分歩いて患者さんの服薬支援をしていたのよ。錠剤がとっても大きくて、飲み込むのが大変でね、たまに飲んだふりをするときがあるのよ。それを見逃さないようにして、世間話をしながら、さっと薬を飲ませるのよ。大変なんだから。でも患者さんがすっかり良くなったときは、とっても嬉しかった。」

■ボランティアと二人三脚で歩むHIV陽性者

 ある日、メリタというボランティアがマーガレットというHIV陽性者のところに私を案内してくれたことがあった。マーガレットは「2000年に足のむくみや皮膚の炎症が気になったんだけどね、きっと誰かに呪いをかけられたんだと思ってたのよ、、、」と話し始めた。ここではまだ呪術師(ウィッチ)の存在が信じられている。「それから5年間、具合が悪くなる度に、クリニックには行ってたんだけど、HIVの検査だけは関係ないと思って受けなかったのよね。でも夫までもがあまりにも具合悪くなったとき、もしかしたら、、、と思って、検査を受けてみたら陽性だったのよ。すぐメリタに連絡して、夫にも検査を受けてもらうように話してって、お願いしたの。結局、夫も陽性だってことがわかってね。そうしたら、今度は意地悪な嫁が財産を狙い始めたのよ、、、私は子どもや孫達のために、ちゃんと遺書を残そうと思って、メリタにソーシャルワーカーも紹介してもらったわ」そう話してくれたマーガレットは、今は夫婦で抗HIV薬を服用し「遺書」なんて必要ないんじゃないかと思えるくらい、元気いっぱいに暮らしている。

 ボランティアたちは、こんな風に患者さんたちのケアだけでなく、生活全般の相談にも乗ったりする。患者さんたちが元気になった姿が、ボランティアにとって一番の活力だ。でも時には、患者の死にも立ち会わなければいけないこともあり、役に立てなかった自分を悔やむこともあるという。そして、お葬式に参列し患者を見送ったあとは、残された子どもたちがちゃんと生き延びていけるように手助けもしなければいけない。

プロフィール

青木 美由紀(あおき・みゆき)
 (特活)シェア=国際保健協力市民の会、海外事業チームリーダー。宮城県石巻市生まれ。20歳のときにメキシコの小さな港町で路上で生活する子どもと出会い、世界の格差を目の当たりにした時から、国際協力を目指す。NYで国際教育開発を学びながら、NGOのユーススペシャリストとしてストリートチルドレンのアウトリーチプログラムに携わる。日本に戻り、企業勤務を経て、00年よりシェアで東ティモールの保健プロジェクトに従事。05年8月から07年4月まで南アフリカ・リンポポ州に駐在し、HIV/AIDSプロジェクトに携わる。現在は、東京を拠点にアフリカでの経験をさまざまな形で発信している。シェアのホームページはhttp://share.or.jp別ウインドウで開きます

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