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イランの行動論理を解明する―イランとの和解を実現する直接交渉を

2009年8月10日発売号

    モフセン・M・ミラニ 南フロリダ大学政治学教授

    ■イランの地域的な台頭

     30年にわたってワシントンはイラン封じ込め政策をとってきたが、それでもイランは地域的に台頭しつつある。先ずソビエトが崩壊したことで、歴史的な絆を持つ旧ソビエト諸国へのイランの影響力が高まった。10年後には、近隣の宿敵だったタリバーンとサダム・フセインをアメリカが倒したことで、イラン台頭の流れはますます加速した。ワシントンが中東和平プロセスの再開に失敗し、イラク占領をうまく管理できなかったことも、イランの地域的なパワー拡大の余地を作り出した。いまやイランの影響力は西方、北方、東方へと拡大しており、テヘランはすでに自国がきわめて重要な地域プレイヤーになっていることを自覚している。

     だが、こうしたイランの地政学的野心がテヘランとワシントンをますます対立路線へと向かわせている。元革命防衛隊の司令官モフセン・レザイは2007年に次のように語っている。「地域パワーとしての地位を手に入れるのはわれわれの大きな目的であり、議論の余地のない権利だ。だが、アメリカはわれわれがそうした役割を果たすのを阻もうとしている」。2007年3月のニューヨーク・タイムズ紙の記事によれば、ワシントンは「テヘランはペルシャ湾、そして拡大中東全域における支配的な軍事パワーになるという野心を持っている」とみなしており、「(アメリカが主導して)イランの核開発(ウラン濃縮)計画に対する国連の制裁パッケージを成立させたのも、これを抑え込むことが狙いだった」

     一方イランは、アフガニスタンやイラクにおいてだけでなく、シリア、レバノン、パレスチナにおける親イランの組織やネットワークを支援することで、これらの国や地域にイランの勢力圏を作り出すことをアメリカの封じ込め政策を相殺する上での重要な要因と見なしている(事実、「イラク、レバノン、パレスチナ、シリアなしではイランは陳腐化する」とレザイは述べている)。この目的から、イランはシリア、ヒズボラ、パレスチナのイスラム聖戦、そして、アラブ・イスラエル紛争をめぐって対イスラエル拒絶主義を貫いているレバノンのハマスを支持しており、欧米はこれを問題視している。

     (現指導層のこうした勢力とのつながりは古い)ラフサンジャニは、パーレビ国王時代の1960年代にパレスチナを擁護する書籍をペルシャ語に翻訳したために投獄され、一方ホメイニは、1964年に「パーレビ国王はイスラエルを事実上承認している」と批判し、(反イスラエルの立場をとる)ヒズボラの指導者、ハッサン・ナスララに「レバノンのシーア派を擁護する目的から自分に代わって宗教税を徴収すること」を許可している。

     当初、ヒズボラやパレスチナへのイランの支援路線はイデオロギーに根ざしていたが、現在は、戦略的合理性に基づいている。ヒズボラやパレスチナの過激派組織とのつながりは、イスラエルの裏庭にあたるスンニ派アラブの中枢部にイランが影響力を持っていること、つまりは、テヘランがイスラエルに対する反撃拠点をすでに確保し、将来における対米交渉でのカードを持っていることを意味する。

     イランはこの数世紀にわたって、シーア派を守るためにその影響力を用いてきたが、いまやイランはスンニ派のハマスやパレスチナ・イスラム聖戦を支援することで、従来の宗派間対立の構図を変化させようと試みている。これが、エジプトやサウジアラビアのようなパワフルなスンニ派国家の地位的な立場を損なっていることは言うまでもない。

     とはいえ、ハマスやイスラム聖戦に対するイランの財政、後方支援面での援助を過大評価すべきではないだろう。イランは、アラブ・イスラエル紛争をめぐっては依然として周辺的なプレイヤーに過ぎないし、イランはイスラエル・パレスチナ問題に切実な利害を有していないからだ。和平プロセスの破綻に付け込んで、これを利用しているに過ぎない。

     だが資金援助だけで、イランがこの地域における有力なプレイヤーに台頭しているわけでもない。純粋に資金援助という面からみれば、サウジアラビアその他のアラブ諸国のほうがより多くの資金をパレスチナに注ぎ込んでいる。むしろイランの強みは、抵抗運動のモデルを彼らに提供していることにある。イランの影響下にあるヒズボラはイスラムの連帯、ポピュリズム、民主主義的体裁、厳格な規律、貧困に苦しむ多くの人々への経済・社会支援、そして反植民地主義、反西洋感情を組み合わせた抵抗モデルを作り上げており、イランはこのプロセスに深く関わってきた。もちろん、イスラム世界の民衆をイスラエルとアメリカに対する闘争に向けて動員することがテヘランの狙いだ。

     そして、この抵抗モデル及び非対称戦略の効果を実証したのが2006年のヒズボラとイスラエルの戦争だった。ヒズボラが用いた対戦車ミサイルと可動型ロケットは(イスラエルの都市に大きなダメージを与え、破壊と恐怖を作り出した。イスラエルは「これらの兵器をヒズボラに与えたのはイランだ」と主張し、テヘランは「そんな事実はない」とこれを否定している)。少なくともイスラエルがヒズボラに決定的な勝利を収められなかった以上、この戦争はヒズボラの勝利とみなせる。こうして、スンニ派諸国においてさえヒズボラの人気が高まり、イランのクレディビリティ(信頼性)が強化され、ヒズボラを支援しなかったエジプトやサウジアラビアのようなワシントンの伝統的な同盟国の中東におけるクレディビリティは低下した。

     イラクとアフガニスタンが極度の混迷に陥り、中東専門家のバリ・ナスルが言うように、中東において「シーア派が復権を遂げる」環境のなかで、(シーア派の)ヒズボラがイスラエルとの戦争に事実上の勝利を収めたことで、テヘランは「中東で新たな秩序が形成されつつある」と確信するようになった。もはやアメリカは中東での支配的な影響力を持ってはいない。イランがより大きな役割を担いつつある。

    フォーリン・アフェアーズ日本語版

    <フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年8月10日発売号>

    (C) Copyright 2009 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan

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