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輸出主導型経済成長モデルの終わり?―アジア経済が苦境に陥っている本当の理由

2009年8月10日発売号

    ブライアン・P・クライン 外交問題評議会国際関係(日立)フェロー
    ケネス・ニール・クキエル 英エコノミスト・ビジネス・金融担当東京駐在特派員

    ■アジア経済の本質とはなにか

     2009年初頭、一時的ながらも、中国南部・ヨーロッパ間の輸送料金が実質的にゼロになった。今回のグローバル経済危機ではかつてない出来事が数多く起きているが、このエピソードは、そうしたなかでももっとも驚くべき事例、そして不吉な前兆だ。これは、ヨーロッパの消費需要が激減し、輸出が急速に減速するなか、ブローカーが(貿易の流れを維持するには)輸送料を徴収するのは無理で、もはや最低限の取扱手数料しかとれないと判断した結果だった。

     2009年4月までには、世界の輸送能力の10%以上に相当する数百隻もの貨物船が何も積載しないままアジア諸国の近海で待機するという事態に陥っていた。実際、3月には海洋輸送の集積地として世界有数の港である韓国の釜山港の貨物取扱量は40%以上も落ち込んでいた。港湾施設には3万2000個の空のコンテナが積み上げられ、埠頭には置き場所さえなくなっていた。

     こうした国際貨物輸送の急激な減速は、単にグローバル経済の窮状だけでなく、アジアがグローバルな経済停滞の矢面に立たされていることを象徴している。例えば、2008年第4四半期の台湾の輸出減を年単位で換算すると42%の減少、工業生産も32%の減少ということになる。特に32%という工業生産の減少は、大恐慌期にアメリカが経験したものを上回る急降下だ。日本も2008年には、ほぼ30年ぶりに貿易赤字を計上し、2009年春の工業生産は1980年代初頭の水準にまで落ち込んだ。シンガポールの建国の父リー・クアンユーは、2009年にはシンガポール経済は10%程度縮小し、1965年に独立して以降、最大規模の経済縮小を余儀なくされると予測している。

     もちろん貿易の流れが再開している部分もあるし、政府の財政出動プログラムも経済の一時的な浮遊に貢献している。だが、根本的な問題が解決されたわけではない。2009年の国内総生産(GDP)成長率が6〜8%に達すると見込まれる中国にしても、2007年に達成した13%の成長という水準からみれば、いまや大きな落ち込みを経験している。ほんの1年前まで、力強い経済成長路線を維持してきたアジア経済もいまや停滞し、マイナス成長に陥っている。

     アジアがこのような事態に直面するとは誰も考えていなかった。そもそも、アジア経済は近年の(アメリカを中心とする)金融上の愚行とは無縁だった。アジアの金融機関は欧米の金融機関を苦しめた不良資産にはあまり手を出していなかったし、政府は財政規律を守り、企業は健全なバランスシートを維持し、個人は散財するのではなく、むしろ貯蓄に励んでいた。

     だが、過去の経験から得た教訓を生かそうとしたことが、まったく予期せぬ形でアジアに災いした。1997〜1998年のアジア金融危機の本質は債務危機だった。外国資本の逃避によって一部の国の経済は文字通り破壊された。この経験から教訓を学んだ多くのアジア諸国は、貿易拡大期にもっぱら輸出を強化することで膨大な経常黒字を貯め込んで、危機に対する自国経済のもろさを克服しようとした。欧米諸国に比べればまだ見劣りするとはいえ、貿易自由化路線も進めてきた。つまりアジア諸国は正しいことを行い、自国にやってくる欧米諸国政府高官のお説教にも耐えて、そのアドバイスを受け入れて行動してきたのだ。にもかかわらず、アジア諸国は欧米諸国以上に大きな経済的打撃を受けている。

     皮肉にも、これまで大きな成功をもたらした経済成長モデルゆえにアジア諸国は経済的苦境に陥っている。要するに、輸出に過度に依存したことが災いの元だった。アジア諸国の指導者は、製品輸出を中心とした経済発展モデルを採用することで、欧米諸国での消費の落ち込みに振り回されるような依存体質を自国経済に埋め込んでしまった。しかも、経済成長期にも公教育、医療、社会サービスに対する投資を十分に行なわず、問題のある統治体制や法の支配体制の改善を試みなかった。急速な経済成長から大きな利益を得ているビジネスリーダーも政治指導者もこれらの問題に目を向けようとしなかったし、市民たちも所得が年を追って増加していく限り、政府に対応を求めることはなかった。

     2008年までであれば「アジア通貨」の価値を容易に信じることができた。各国の経済成長率は軒並み8%を超え、国際政治の世界におけるアジア諸国への信頼も高まっていた。地域内での貿易が拡大するにつれて「アジア経済は欧米経済から実質的にディカップル(分離)され、グローバルな経済成長の新たな原動力になった」と考えられるようにさえなった。しかし、経済危機によってアジア経済の奇跡は唐突に大きな危機に直面した。アジア経済は、グローバル経済におけるゴリアテとして台頭するどころか、経済的な苦境に陥っている。欧米経済の旺盛な消費が回復する見込みは当面なく、アジア全域が過剰生産能力を抱え込み、企業の財務状況は悪化し、失業率も上昇している。

     アジア経済が抱える問題の核心は構造的なものであり、決して周期的なものではない。政府の財政出動プログラムはたしかに重要だが、財政出動の規模だけではなく質も重要な要素となる。だが、多くの場合、施策の多くは、短期的な問題を解決することにばかり向けられている。いまやアジアのビジネス・モデルは萎縮し、今後どのようなモデルが出てくるかもはっきりしない。

     アジア諸国の指導者が、貿易不均衡の是正、国内消費の増大、社会的セーフティーネットの整備などの必要不可欠な経済改革を実施しなければ、現在の経済危機によってさらに問題は深刻化する。近年になってようやく貧困から脱した世代が貧困層へと逆戻りし、経済停滞が続けば社会的、政治的な不安も増大する。

    フォーリン・アフェアーズ日本語版

    <フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年8月10日発売号>

    (C) Copyright 2009 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan

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