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ニッポン人脈記

ムダと闘う「改善」の鬼

2006年11月07日

 ムダをなくす。言うのはたやすいが、徹底は難しい。企業はもちろん、行財政改革を唱える政府にも、家計簿をにらむ家庭にも。日本の「ものづくり」の先頭を走るトヨタ自動車で、それを貫いた人がいた。大野耐一(おおのたいいち)である。

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 終戦直後、トヨタは熟練工を戦争でとられ、資材も不足していた。月産能力2000台。いまの100分の1もない。そんな中で創設者の豊田喜一郎(とよだきいちろう)は「3年でアメリカに追いつけ」と号令した。

 大野は名古屋高等工業学校を出て豊田紡織に入り、戦時中に自動車に転じた。49年、37歳で本社の機械工場長に。

 復員者も含めて素人に働いてもらわなければならない。まず手をつけたのは、誰でもできるように作業の標準を定めることだった。

 喜一郎はさらに、ムダを省くため「ジャスト・イン・タイム」を唱えた。必要な部品が、必要なとき、必要なだけ生産ラインに届くという考え方だ。では具体的にどうすれば、実現できるのか。大野は思案する。

 「私は、物事をひっくり返して考えるのが好きだ」。最終工程で注文があっただけつくるようにしたら、ムダな在庫はできない。それに必要な部品数だけ、前の工程にもらいにいく。前の工程は渡した数だけ、またつくる。そうやってさかのぼっていけば……。

 大野がそんなふうに逆転の発想を語るのを、経済ジャーナリスト三戸節雄(みとせつお)(71)は何度も聞いた。大野の著書「トヨタ生産方式」(78年、ダイヤモンド社)の代筆を任され、1カ月半、工場の寮に泊まり込んで取材した。それ以来、親しくなった。

 50年代、大野が「不具合があればラインを止めろ」と命じたとき、工場中がそっぽを向いた。当時、大量生産のお手本はベルトコンベヤーのフォード方式。製品の不具合は流れ作業の最後にまとめて直すのが常識で、誰もが「ライン停止は生産量を落とす」と信じていた。

 大野は違った。「ラインを止めて原因をみつけて直せば、再発を防げる。そのほうがコストは小さい」。フォードへの挑戦である。

 豊田紡織時代にみた自動織機が頭の中にあった。糸が切れたりなくなったりしたら自動的に止まる。発明した豊田佐吉(とよださきち)は「不良品をつくり続けてしまうことこそ、最大のムダ」と教えていた。

   *

 大野自ら「狂気のようだった」と振り返る「布教」が続いた。部品のつくりだめをみつけると、「これをムダと言うんだ」とカミナリを落とし、部品をまき散らす。工場の床に白墨で円を描き、そこに何時間も部下を立たせて考えさせたことも少なくない。

 「大野がとんでもないことを始めた。とめてくれ」。喜一郎のいとこで技術系の総帥だったトヨタ最高顧問豊田英二(とよだえいじ)(92)に苦情が相次いだ。しかし英二は、大野を信じて、動かなかった。

 工員から「大神さま」とおそれられた大野の教えは、70年代にかけてグループ企業や協力会社に広がる。現場出身で当時異例の副社長になっても「ムダを省く対象がいくらでもある。愚直にやろう」と、たゆまぬ「改善」への創意工夫を説き、社内を染め上げた。いま、6万4千人の社員は1年間に54万件の改善提案をする。

 大野は一方で、自分たちの手法に「しわ寄せが下請けにいく」と批判があることも知っていた。著書を出す直前、「世間の誤解を解きたい」と言った。企業の進化は下請けの繁栄にもつながる。そういう信念だった。

 90年5月、「改善」の鬼、大野は逝く。78歳。翌年の「しのぶ会」で三戸は英二に問う。「大野さんがいなかったら、トヨタ生産方式はどうなっていたでしょう」。じっと考えてから、英二は答えた。「できなかったでしょう」

 大野らが礎となった企業精神は「ものづくり」の教義として業種の枠をこえ、海外にも枝を広げて「トヨタウェイ」と呼ばれる。その舞台の人々を訪ねる。

 (このシリーズは街風隆雄、写真は中井征勝が担当します。本文は敬称略)



「ニッポン人脈記」は、月曜日から金曜日の朝日新聞夕刊(夕刊のない地域では火曜日から土曜日までの朝刊)に連載。このページでは各シリーズごとに1回目を掲載します。 ≫朝日新聞購読のご案内

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