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広島のサダコの鶴、9・11の追悼施設へ

2007年09月09日

 広島で被爆し、千羽鶴を折りながら白血病と闘った故・佐々木禎子(さだこ)さんの折り鶴が、まもなく海を渡る。行き先はニューヨークにある9・11同時多発テロの追悼施設。2歳年上の兄で、福岡県那珂川町の雅弘さん(66)が手元に残る5羽のうち1羽を寄贈し、展示される見通しになった。世界に伝わるサダコの平和への願いを乗せ、米国を皮切りに南米やアフリカなど計5カ国に鶴を届ける計画だ。

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佐々木禎子さんが残した小さな折り鶴を手にする兄の雅弘さん=福岡県那珂川町で

 禎子さんは2歳の時、雅弘さんや母らと一緒に爆心地から約1.7キロの自宅で被爆。小学6年生で白血病と診断され、約8カ月間の闘病生活を送り、55年に亡くなった。

 鶴を折りながら回復を祈ったサダコの物語は、平和への願いの象徴として、今も世界の人々の心に響いている。広島市の平和記念公園には禎子さんがモデルの「原爆の子の像」が立つ。

 禎子さんは千羽を超える鶴を折り、一部は広島平和記念資料館に贈られた。雅弘さんが手元で保存していたのは、一辺2センチほどの薬の包み紙などでつくった5羽だけ。針を使って丁寧に折り続け、休むように言われても「うちにも考えがあるんじゃけえ」と笑って作業していた妹。その姿は脳裏に焼きついている。

 雅弘さんは美容室を経営しながら各地で講演し、妹の人生を語ってきた。折り鶴の寄贈は、日米交流団体から9・11テロの追悼行事に招かれたのを機に決めた。「民族や宗教の違いを超えるために、禎子の鶴が役に立つのなら」と考えた。

 9日にニューヨークで禎子さんを描いた朗読劇が披露される予定で、上演後にあいさつする。10日は地元の高校生らに講演し、11日の追悼行事に出席。テロの日本人犠牲者の遺族とも交流する。

 「テロによる悲しみ、被爆の悲しみをともに乗り越えたい。報復や憎しみの連鎖からは何も生まれない。禎子が願ってやまなかった平和と思いやりの心を、折り鶴を通して伝えたい」。

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