Chapter 3「史上最も持続可能ではない」

気候変動を考えていると、簡単に勇気をそがれることがよくある――。祭典の主役であるアスリートたちの思いは。

他の選手が話し終えると、くい気味に司会者へアピールした。

「私も話していいかな」

2014年ソチ、18年平昌五輪のバイアスロン女子に続き、北京大会でも米国代表で出場するスーザン・ダンクリー(35)だ。

昨年10月、オンラインで行われた米国代表候補4人の囲み取材。質問は「最近、地球温暖化の証拠を見かけたか」だった。

「USA」と入った濃紺のジャージー姿で取材に応じていた彼女の声のトーンは低い。雪山に上がるたび心配になると言った。

積雪量だけでない。気候変動対策は難しいテーマだけに、戸惑う人が多いことだった。次第に言葉には力がこもり、カメラ目線で訴えるように話していた。

「気候変動を考えていると、簡単に勇気をそがれることがよくある。だけどスポーツでは勝ち目のない人が下馬評を覆し、とんでもないことをしでかす。勝ち目がなさそうでも、闘い続けないといけない」

話はここで切れなかった。自ら、実践してきた対策を披露し始めた。

「数年前、銀メダルをとった世界選手権の賞金を使って家の屋根に太陽光パネルをとりつけた。自分でエネルギーをつくるって素晴らしいよ。炭素のことがあって、21年には車を電気自動車に乗り換えた」

別の囲み取材では、米国のスノーボード女子で五輪金メダリストのジェイミー・アンダーソン(31)が悲しい目をしながら「いかに危険な状態か」と漏らした。昔と比べ、合宿地で氷河が解ける姿を10倍ぐらいの頻度で目撃したという。

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「2週間のため、傷つけるのか」

カルメン・デヨング教授

昨年12月、仏ストラスブール大で地理学を教えるカルメン・デヨング教授は、1時間ほどの長いインタビューに嫌な顔一つせず、丁寧に答えてくれた。画面越しの表情は優しい。対照的に言葉は手厳しかった。

「冬季五輪の将来は厳しい。雪不足に加え、今は水不足への懸念がどんどん高まっている。2週間のために、これだけ環境を傷つけるのは感心できない」

1990年からアルプスなどの地形学や水文学を研究し、06年からアルプスの雪事情も調べている教授は、北京大会の話になると声がひときわ大きくなる。「史上最も持続可能ではない大会だ」

雪が降らない地域での開催に首をかしげる。「(北京は)夏の大会に適した気候条件だったから夏季五輪を開けた。そこでどうやって冬季大会をやるのか?ロンドンならビッグベン、パリならエッフェル塔でスキーをするようなものだ」

「大量の人工雪をつくるなど、大会全体で使う水は約7億ガロンと発表している。人工雪には新たなバクテリアが含まれる可能性があり、汚染のリスクもある」

河北省張家口市の施設への懸念も強い。「川沿いの地域では人工雪をつくるため湿地が人工貯水池になった。川の一部がまるまる覆われたという情報もある」

「我々の気候を守るため」

国際オリンピック委員会(IOC)は危機的な状況を認めている。昨年10月、ギリシャ南部クレタ島であった各国内・地域オリンピック委員会連合の総会。トーマス・バッハ会長の言葉にも厳しさがにじみ出た。

気候変動の影響に話が及ぶと、静かなトーンながら語気を強めた。「各自よく見直し、温室効果ガスの削減を目指してもらいたい。我々の気候を守るためだ」

IOCの主な環境対策

  • IOCが排出する温室効果ガスの削減を宣言

    24年までに3割、30年までに5割
  • 五輪の開催都市に、気候変動の対策を義務づけ

    30年冬季五輪以降、夏冬とも
  • アフリカの国々に約35万本の木を植えていく

    マリやセネガル。温室効果ガス削減へ

2030年の冬季五輪に札幌が立候補している。半世紀ぶりの開催へ、あの「傷」はどうなったのか。現地へ飛んだ。