Chapter 4札幌1972→2030

五輪が、100年後も輝き続ける持続可能な街にする礎になる札幌市の秋元克広市長

50年前の傷

今年の1月10日、羽田空港から撮影のために北海道に向かった。

札幌から南へ約40キロ。雲の切れ間から、支笏湖と恵庭岳が望めた。その中腹に目を凝らすと、植林されたスキーのコース跡が帯のように浮かび上がってきた。

恵庭岳は1972年札幌冬季五輪でアルペンスキー男女滑降の会場となった。標高1320メートルの山の南西斜面にあった樹齢100年余のエゾマツなどが約20ヘクタール、伐採された。

大会後は原状回復することが条件とされた。復元する植林作業は日本体育協会が札幌五輪組織委員会から引き継ぎ、80年代末にようやく終えた。

今回のフライトは半世紀を経て、自然は戻ったのかを確かめる旅だった。上空からは大会当時の写真と見比べないと、どの場所がコースだったのかすぐにはわからなかった。

大会後に植えられた針葉樹は冬になっても葉が落ちず、木々の密度がコース外より濃い。だから、雪が積もる冬になると、カーブを描く黒っぽい木々の波となってコース跡が姿を現す。

1972年
2022年1月

北の大地の上空から眺めて考えた。コース跡は山の癒えない傷か、それとも復元は進んだといえるのか。

自然との共生。それは、スキーの舞台を作るために山を切り開く冬季五輪と切り離せない関係にある。

「仮説」から8年

2014年、私たちはソチ冬季五輪を前に、地球温暖化をテーマにした「枯れる五輪」を公開した。

「冬のオリンピックの舞台は、万年雪に恵まれた氷河に限られるか、オイルマネーで屋内にスキー場を建設できる中東の富裕国に取って代わられるかもしれない」

そんなとっぴとも思われる「仮説」を立て、雪不足に悩んだ冬季五輪を振り返るなどした。

いわゆる「SDGs(持続可能な開発目標)」は、15年に動き出した。17の柱をみると、「ジェンダー平等実現」「平和と公正をすべての人に」「すべての人に健康と福祉を」など、五輪憲章が掲げるものと親和性が高い。

なかでも、自然との調和が求められる「気候変動に具体的な対策を」は、雪が必要な冬季五輪には欠かせないテーマだ。

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札幌が描くカタチ

そもそも、冬季五輪を開催できる都市は限られる。

招致熱も高まらない。欧州で冬季競技が盛んな国は「巨額の投資を強いられる五輪より、毎年スキーのW杯を誘致すれば満足」という傾向が強い。IOCにとって皮肉なことだ。

7年前に北京大会が決まった経緯は象徴的だ。当初、8都市が興味を示したが、ミュンヘン(独)、サンモリッツ(スイス)が住民投票による反対で離脱するなど、残ったのは北京と、現在、反政府デモで混乱を極めるアルマトイ(カザフスタン)だけだった。

そんななか、札幌市が30年の冬季五輪に名乗りを上げた。昨年11月、そり会場は新設せず、98年長野大会で使われた施設を再活用し、スピードスケートは帯広市の既存施設で開く計画を発表した。

こうした既存施設の活用や式典の簡素化などによって開催経費を圧縮するとするが、それでも3千億円ほどを見込む。昨夏の東京五輪の例を見れば、当初の見込みより倍以上の経費がかかるのは珍しくない。

SDGsはIOC、そして立候補都市にとって避けては通れない問題意識だ。ただ、うがった見方もできる。アスリートが躍動する「夢と感動」の祭典は開催都市に「持続可能性」ももたらします、というエコでクリーンな好印象を植えつける方便に利用されるリスクもある。

そして、8年後、温暖化が懸念される気候変動はどのような影響を及ぼすだろうか。札幌、北海道、そして日本国内の関心が高まらないなか、IOCは札幌開催に乗り気とされる。1972年に聖火がともってから半世紀の今年中にも開催都市に選ばれる可能性が高まっている。