<連載> 著者が語る健康腸寿

健康寿命より「幸福寿命」 カギは腸内細菌!?

<著者が語る健康腸寿>慶大教授・伊藤裕さんインタビュー(上)

2019.08.07

 齢(よわい)100歳を超える人は百寿者(=センチネリアン)と呼ばれます。百寿者たちの腸内細菌叢(そう)は、加齢しても老化しにくいことがわかってきました。近著「幸福寿命 ホルモンと腸内細菌が導く100年人生」で、私たちが生きる目的は「健康でいること」より「幸せでいること」と話す、慶応大医学部の伊藤裕教授に、長寿のカギを握る腸内細菌について伺いました。

慶大教授・伊藤裕さん
慶應義塾大学医学部教授・伊藤裕さん (撮影)村上宗一郎

健康寿命よりも「幸福寿命」

 慶大には「百寿総合研究センター」があり、私も関わっています。そこで百寿者を見ていると、とても幸せそうです。それは決して、100歳まで生きたから幸せだと感じているわけではなく、それまでずっと幸せでいられたから長生きできたということのようです。幸せと思うこと自体が、長生きの秘訣(ひけつ)だと言えそうです。
 人生100年時代。世間では、平均寿命と健康寿命に差があることが問題視されています。健康寿命とは、健康上の問題がない状態で、1人で社会的に独立した日常生活を送れる期間のことを指します。現在、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年の差があります。その差はここ10年、一向に縮まりません。
 健康寿命は、病気かどうかで線が引かれます。でも、その人が病気になっていないからイキイキ暮らしているのかと言うと、必ずしもそうではありません。逆に、病気であってもイキイキ暮らしている人はいます。その意味では健康かどうかより、どれだけ長い期間を幸せに過ごすことができるかの方が大事なのではないでしょうか。私は、人生において幸せを感じていられる期間を「幸福寿命」と定義したいと思います。そして、幸福寿命をできるだけ延ばすことこそが、万人の願いだろうと考えています。

腸内細菌のおかげで人は生き延びられた

 幸福寿命のカギを握るものは何でしょうか。実は、その大事な要素の一つは、腸内細菌なのです。ご存じのように腸内細菌は、私たちの腸の中に住んで共生しています。
 私たちは、体内に持つ遺伝子の働きの中で生きています。でも、自分の遺伝子だけでは、自分の体をうまく生かすことができません。一方、腸内細菌の1つ1つは非常に小さく、個々の腸内細菌が持つ遺伝子の数も人間に比べるとはるかに少ないのですが、腸内にいる細菌の数は約100兆個ととても多いので、それらが持つ遺伝子を全部集めれば、私たちが持っている遺伝子の100倍にもなります。それらが共働してくれることで、私たちは体の機能を何とか保っているのです。
 腸内細菌の重要な機能の一つが、食物繊維の消化です。そもそも生物は、食べなければ生きていけません。私たちの祖先が、樹上生活をしていたサルから進化して地上で生活を始めた頃、食べ物はそんなになく、もっぱら食べていたのは食物繊維のかたまりである硬い木の実や植物の根っこでした。でも、悲しいことに人間は、それらをうまく消化して栄養にすることができません。そこで、体内に取り込んだ腸内細菌に、それらを短鎖脂肪酸などに代謝してもらって栄養としてきました。人間が貧しい食事の中で生き延びられてきたのは、まさに腸内細菌のおかげなのです。
 昔から、「野菜は大事」とよくいわれていました。でもなぜ大事なのかについては、便通が良くなる程度のことしか説明されませんでした。食物繊維が腸内細菌のエサになっていることがわかってきたのは、最近のことです。きっと先人は、野菜を食べることの効用を体験的に学んでいたのでしょう。

腸内細菌は多様だからこそ役に立つ!

 腸内細菌については、よく善玉菌、悪玉菌に分けられます。本当に良い菌、悪い菌も一定数います。ですが、その大半は日和見菌で、良くも悪くも働きます。最近は腸内細菌の善悪よりも、「多様性」が重視されています。
 働きアリの世界では、働いているのは8~9割。残りの約1割は、一生働かないとされています。しかし、その働いていないアリがいないと、アリ社会は潰れてしまうのだそうです。
 おそらく、その1割にも出番があるのでしょう。非常事態に備える存在をキープできていること、何かあったときに活躍できる仲間がいることが大事なのです。日和見菌の役割も、それと同じです。ちょっと悪い物を食べた時などに、目に見えない所で頑張っている菌がいるのかもしれないのです。
 そもそも善玉菌、悪玉菌というのは、そのときの都合で言っていることが多いのです。近頃話題の「やせ菌」は、善玉菌とされています。でも、その菌がいると太らないということは、彼らが体内の栄養をたくさん奪っているということ。もしも栄養状態が悪い時代なら、彼らはおそらく悪玉菌に分類されるでしょう。善玉か悪玉かという評価は、その時々で変わってきます。むしろ、多種多様な菌がいることこそが大事なのです。

幸福寿命
ホルモンと腸内細菌が導く100年人生
伊藤裕 (著) 出版社:朝日新聞出版

「死ぬまでずっと幸せでいたい」。
究極の願いをかなえる方法、お教えします。
私たちが生きる目的は「健康でいること」より「幸せになること」。 そこに導いてくれる生命のメカニズムを解き明かす。 1日20分の運動で「ホルモン」を活性化すれば、身も心も健やかに。 体内の発電所「ミトコンドリア」を元気に保って老化を防ぐ。 おなかが減って「グー」と鳴るのは健康のサイン。 長寿のカギを握る「腸内細菌」。生き生き笑顔で「100年人生」を満喫するための極意!

伊藤裕(いとう・ひろし)

1957年、京都市生まれ。慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授、同百寿総合研究センター副センター長。医学博士。
京都大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科博士課程修了。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて博士研究員、京都大学大学院医学研究科助教授を経て現職。専門は内分泌学、高血圧、糖尿病、抗加齢医学。日本高血圧学会理事長もつとめる。高峰譲吉賞、井村臨床研究賞など受賞多数。近著に「幸福寿命 ホルモンと腸内環境が導く100年人生」(朝日新聞出版)「「超・長寿」の秘密ー110歳まで生きるには何が必要か」(祥伝社新書)など多数。

  • この連載について / 著者が語る健康腸寿

    近年ますます注目を集める「腸内フローラ」。肌荒れ、アレルギーから肥満や心にまで影響を与えるとされ、関連書籍もたくさん出版されています。腸にまつわる様々な話を著者にききました。

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