<連載> 腸サイエンスの時代

トップアスリートの腸内は違う? 腸内フローラは記録にも影響

<腸サイエンスの時代>岡山大大学院教授・森田英利さんインタビュー

2019.09.27

 病気や健康と密接に関係しているとされる腸内細菌。オリンピックに出るようなトップアスリートは、一般の人たちと比べると明らかに異なる腸内フローラ(腸内細菌叢)をもっていることがわかってきました。腸内細菌の専門家でトップアスリートの腸内フローラに詳しい岡山大学大学院の森田英利教授に、最新研究や運動効果について伺いました。

岡山大大学院教授・森田英利さん
岡山大大学院教授・森田英利さん (撮影)村上宗一郎

おなかにいる生菌をパワーアップ

 腸内細菌の研究では、生菌をたくさん取りましょうという「プロバイオティクス」の考え方と、元々おなかの中にいる腸内細菌をパワーアップしましょうという「プレバイオティクス」の考え方があります。私は最近では、後者の研究を主体的に行っています。
 プレバイオティクス効果には、食物繊維が非常に有効であると考えられます。腸管の上皮細胞はネバネバしたムチン層で覆われていますが、それがバリアーとなって有害な細菌などの体内への侵入を防いでいます。ところが、ムチン層に棲んで共生している腸内細菌は食物繊維が足りなくなるとムチンを食べてしまい、ムチン層が薄くなり結果としてバリアー機能が弱ってきます。その結果、炎症を起こしたり、感染症を起こしやすくなったりします。これが、潰瘍(かいよう)性大腸炎などの炎症性腸疾患の一因になるとも考えられています。こうしたことは以前から言われていましたが、今は分析技術が発達したことで科学的にも裏付けられています。

腸内フローラは「多様性」が重要

 腸内フローラと病気との関わりについては、病気の人と健康な人の比較研究で、両者の腸内フローラが異なっていることがわかっています。病気の人では腸内フローラの多様性が低下し、そこにいる細菌の種類が減っていました。
 菌種の数が減ると、本来そこに一定数いた菌種がつくりだしてくれた有用な代謝物の量が減ったり、腸内フローラのバランスが崩れることで増えた細菌が余計な代謝物をつくってしまったりします。その結果、体にとって良い代謝物を吸収できなかったり、逆に悪い代謝物を吸収してしまったりして、だんだん体調が崩れてゆくものと考えられています。
 その場合、腸内フローラの変化は、原因なのでしょうか、それとも結果なのでしょうか。私は、原因であり、結果でもあると考えています。腸内フローラが悪くなると健康状態が悪くなり、健康状態が悪くなれば、腸内フローラのバランスがさらに崩れる悪循環に陥ります。それがどこかでリカバリーされないことで、病気になってしまうのです。

競走馬を強く育てる乳酸菌

 私は以前、競走馬の腸内フローラを研究していました。実は、競走馬が強くなる(つまり、速く走れる)かどうかは、幼い時にどれだけ順調に成長できたかが影響しているのです。
 馬や牛、豚などの家畜は大体、腸内フローラが未熟な子どもの頃、下痢をします。下痢が続くとその後、うまく体重を増やせなくなります。競走能力の高い馬の生育歴を調べると、幼い頃に下痢をせず、順調に成長しています。下痢をしないことが、勝てる馬になるための条件なのです。
 下痢しやすい馬と、しにくい馬では何が違うのでしょうか。下痢しにくい馬の腸内フローラを調べてみると、ストレスを軽減し、免疫機能もコントロールする乳酸菌を種類豊富に持っていることがわかりました。そこで、それら乳酸菌を競走能力の高い馬から採取して生菌サプリメントを作り、生後の早い段階で馬に投与してみたのです。すると、下痢の発症率は大幅に下がり、また下痢を発症したとしてもその期間を短く抑えられるようになりました。投与した100頭以上の馬のその後の競走成績を確認したところ、馬が血統的に本来持っていた能力が、下痢のために損なわれずに済むようになったのです。

アスリートの運動能力も左右?

 私は、オリンピックに出たり、プロとして第一線で活躍したりしているトップアスリートの腸内フローラを研究しています。これまでの国内外の研究で、運動することが腸内フローラを変化させることは明らかになっています。でも、腸内フローラが運動成績に影響するかどうかは、よくわかっていませんでした。
 海外の研究で、トップアスリートの腸内に、運動能力を高め、運動成績に影響するという細菌が生息していることが確認されました。「ベイロネラ属」の菌種なのですが、この生菌をマウスに経口投与すると運動能力が15%もアップしたというのです。運動すると筋肉などで乳酸が産生されますが、「ベイロネラ属」の特徴は乳酸を代謝し、体に有用な短鎖脂肪酸(酢酸やプロピオン酸)をつくり出すのです。
 トップアスリートたちは、コンマ何秒というわずかな差を争います。運動能力が15%もアップすれば、競技の結果に大きく響くことになるでしょう。
 私たちの研究でも、トップアスリートは一般の人たちに比べて、明らかに異なる腸内フローラをもっていました。大きな違いは細菌の種類が多く、腸内フローラがとても多様性に富んでいる点です。特に短鎖脂肪酸のひとつである酪酸をつくる細菌(酪酸菌)が多い。酪酸には腸管運動を活発にし、便通を改善する作用があるなど、体によい効果があることがわかっています。
 また、激しい運動やそれに伴うストレスで筋肉や内臓にダメージがたまりがちなアスリートの腸内には、抗炎症作用のある物質を作り出す細菌が多く存在します。激しい練習をしても短時間でダメージ回復できることが、トップアスリートになる条件のようです。逆に言えば、ダメージを修復できない人はトップアスリートになれないともいえます。腸内細菌には、そうした力もあるのです。
 運動と腸内フローラの関係で言えば、トップアスリートのようなハードな運動は必要ありません。すなわち、楽しむレベルの運動であっても、腸内フローラは良い方向に変化します。多様性が増し、酪酸をつくる細菌が増えるのです。運動がこのように腸内フローラを容易に変化させるメカニズムはまだわかっていませんが、運動による適度な刺激が、腸内フローラによい影響を及ぼしているのではないでしょうか。

肥満やリバウンドも腸内細菌の仕業?

 肥満にも腸内フローラのバランスが関係していることがわかってきました。「やせ菌」、「デブ菌」などという表現をみかけますが、正確には、腸内フローラの構成には「やせ型」と「肥満型」があるということです。
 関係しているのは「ファーミキューテス門」や「バクテロイデーテス門」に属する細菌の構成比率です。痩せている人の腸内には「バクテロイデーテス門」の細菌が多く、逆に肥満の人は「ファーミキューテス門」が多いとされます。
 「ファーミキューテス門」の細菌が多い人は、食べ物のカスとして排便されるものがどんどん代謝され、その代謝物がたくさん体に吸収されるので、痩せている人と同じ量を食べても太ってしまうというわけです。一方で、痩せ型の人は、「バクテロイデーテス門」の細菌が脂肪吸収を抑制する成分を作りだしているので、体がそれらを吸収することで太りにくくなっているのです。
 ダイエット後にリバウンドする、つまりダイエット開始前以上に体重が増えてしまうメカニズムにも腸内フローラが関係しているとの報告があります。「太った」体は、腸内細菌がもつ脂肪を燃やす物質を作る遺伝子のスイッチをオフにしてしまい、一時的に体の脂肪を燃焼してくれる物質を腸内フローラが作ってくれない状態になるのです。その結果、より太ってしまうというわけです。
 肥満を予防する上では、「やせ型」の腸内フローラにしておくことも重要なのですが、その細菌が本来の力を発揮、つまり脂肪を燃焼してくれる物質を産生する遺伝子を働かせてくれているかどうかも大事なのです。(談)

森田英利(もりた・ひでとし)
1991年岡山大大学院自然科学研究科博士課程修了。米国ミネソタ州立大 Food Science and Nutrition学部博士研究員、麻布大獣医学部教授を経て、2015年より岡山大大学院環境生命科学研究科教授。

  • この連載について / 腸サイエンスの時代

    腸、とくに大腸にすむ数百種類、百兆個におよぶ細菌たちがつくる「腸内フローラ」。その状態が、心や体の健康、美容などに大きく関わっていることが最近わかってきました。21世紀は腸の時代ともいわれる今、各分野の最新研究を紹介します。

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