<連載> 腸サイエンスの時代

うつ病の人の腸内細菌を調べたら… 調査から見えること

国立精神・神経医療研究センター 功刀浩さんインタビュー(上)

2019.12.23

 日本での患者数は100万人を超えるうつ病(躁うつ病を含む)。「脳腸相関」といって、脳と腸が相互に作用していることがわかりつつある今、うつ病と腸内細菌との関連を調べる研究も進んでいます。食生活などの生活指導を治療にとり入れ、うつ病患者の腸内細菌を調べる研究も行っている功刀浩さん(国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部部長)に、うつ病と腸内細菌や生活習慣との関連について伺いました。

国立精神・神経医療研究センター神経研究所 功刀浩さん
国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部部長・功刀浩さん 撮影:村上宗一郎

うつ病の人に多い過敏性腸症候群

 うつ病の患者さんを診ていて感じるのは、下痢や便秘、腹痛など腸のトラブルを抱えている人が多いということです。実際に精神疾患がある人は、ない人に比べて大腸に病気があるわけではないのに腹痛や便秘、下痢などが続く過敏性腸症候群(IBS)を発症している割合が高いことがわかっています。私たちの調査では、精神疾患がない人のIBSの発症率は約1割でしたが、うつ病の人は約3割でした。

 一部のIBSは、腸内細菌が大きく関わっていると考えられています。IBS患者の腸内細菌叢(さいきんそう)については、大腸菌、ストレプトコッカス、ルミノコッカスなどの菌が増加していたという報告があり、われわれの検討では“善玉菌”のビフィズス菌や乳酸桿菌が減少していました。また、細菌の種類が変化するだけではなく、細菌の総数が増えるという説もあります。IBS患者の腸粘膜は軽い炎症がみられることが多いのですが、細菌数が増えることによって炎症を起こし、それによって免疫が活発になると腸の動きに影響を与え、腸の知覚が過敏になり、腹痛の原因になると考えられます。

 実際にIBSの標準的な治療薬に、プロバイオティクス(ビフィズス菌や乳酸菌を用いた発酵食品など)やプレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖など)を組み合わせた治療が有効だった、という報告は少なくありません。

うつ病の人

うつ病患者はビフィズス菌が少ない

 うつ病はさまざまな要因が指摘されていますが、その一つに慢性的で軽い脳の炎症によって起きる、という考え方があります。体が炎症を起こしているときは、だるくてやる気がなくなり、憂鬱(ゆううつ)になるものです。「脳腸相関」が明らかになった近年、注目されているのが腸に悪玉菌が増えることで腸粘膜に炎症が起き、その炎症が血流にのって脳にも炎症を惹起するという考え方です。

 けれども、これまでうつ病患者の腸内細菌を調べる研究は、ほとんどされていませんでした。そこで私たちの研究グループでは、うつ病患者(43人)とそうではない人(57人)の腸内細菌を比較する研究を実施しました。その結果、うつ病患者の便に存在していたビフィズス菌数は、そうではない人に比べて明らかに少ないことが認められました。同じく善⽟菌の乳酸桿菌の菌数も少ない傾向にありました。この結果からビフィズス菌や乳酸桿菌が少ないと、うつ病のリスクが⾼くなる可能性が考えられます。

 さらに乳酸菌飲料やヨーグルトなどの摂取頻度と腸内細菌の関係を調べたところ、うつ病患者の中で週に1回以上これらを摂取している人は、そうではない人に比べて腸内のビフィズス菌が多いことがわかりました。海外の研究では、うつ病患者に抗うつ薬とプロバイオティクスを併用した場合と抗うつ薬と偽薬(プラセボ)を併用した場合とでは、前者のほうがうつ症状が改善したという報告もあります。ただし、似たような試験で有意差はなかったとする別の報告もあり、今後も研究を重ねていくことが必要です。

お腹の症状がよくなるとうつ症状も改善する

 善玉菌が少ないからうつ病を発症したのか、うつ病になったから善玉菌が少なくなったのか、因果関係はわかりません。私自身はうつ病と腸内細菌は、双方向性の関係にあるのではないかと思っています。つまり、うつ病を治療すれば腸内環境はよくなり、腸内環境がよくなればうつ病もよくなるということです。便秘や下痢など腹部症状があるうつ病患者さんには、プロバイオティクスを使った治療をしていますが、おなかの症状がよくなるとうつ症状も改善するということはよく経験します。まだ科学的な根拠は少ないですが、今後さらに研究が進むと、ヨーグルトや乳酸菌飲料などプロバイオティクスの摂取が、うつ病の予防や治療にいかせる可能性が出てくるのではないでしょうか。

自閉症も腸内細菌と関係?

 自閉症は遺伝子異常や免疫学的異常など、さまざまな原因が考えられてきましたが、腸内細菌との関連も指摘されています。自閉症の人はやはり重い腹部症状(腹痛、腹部膨満感、便秘、下痢、嘔吐(おうと)、嚥下(えんげ)困難など)を抱えている人が少なくありません。特に自閉症の程度が重い人ほど、腹部症状も重い傾向があることが指摘されています。自閉症と腸内細菌との関連を調べる研究は比較的古くから行われていて、例えば自閉症の子どもとそうではない子どもの腸内細菌を調べた試験では、自閉症の子どもはクロストリジウムやルミノコッカスがそうではない子どもに比べて多く、悪玉菌の菌種も多いという報告があります。最近では自閉症の子どもに腸内細菌移植を行ったところ、消化器症状の8割が消失し、自閉症の行動異常も改善したとする報告もあります。自閉症は、効果的な治療法が非常に限られています。そうした中、腸内環境を改善する治療に期待が寄せられています。(談)

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  • 功刀 浩
  • 功刀 浩(くぬぎ・ひろし)

    国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部部長

    1986年東京大学医学部卒。ロンドン大学精神医学研究所、帝京大学医学部精神科学教室講師を経て2002年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本臨床栄養学会認定臨床栄養医・指導医、日本老年精神医学会専門医・指導医、日本医師会認定産業医、日本睡眠学会睡眠医療認定医、日本臨床栄養協会 NR・サプリメントアドバイザー。

  • この連載について / 腸サイエンスの時代

    腸、とくに大腸にすむ数百種類、百兆個におよぶ細菌たちがつくる「腸内フローラ」。その状態が、心や体の健康、美容などに大きく関わっていることが最近わかってきました。21世紀は腸の時代ともいわれる今、各分野の最新研究を紹介します。

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