要介護5の母と海外へ 「最高のリハビリ」と信じた私の旅行術

ブロガー・作家たかはたゆきこさんインタビュー

2020.02.07

 脳出血で倒れ、最重度の要介護5となった母。いきなり介護を担うことになった旅好きの娘は、母のあこがれの地、オーストリア・ウィーンへの親子旅行を計画しました。周囲から無謀だと言われても「おでかけは最高のリハビリ」だと信じて。無職、貯金ゼロ、介護不安という窮地から旅に挑み、その日々を本につづった、ブロガー・作家のたかはたゆきこさん(45)。母の浩美さん(72)と奮闘した3年間や、それでも旅にこだわる理由を聞きました。

ブロガー・作家たかはたゆきこさんインタビュー
ウィーンの街のバリアフリーに関する情報は予想以上に少なくて、ブログ読者を通じて現地在住の方から寄せられた情報に助けられたという。

「母が倒れた」 バンコクにかかってきた電話

 幼い頃、砂漠を舞台にした宝塚歌劇を見て「いつか砂漠に行こう」と思ったのが、旅を意識したきっかけでした。高校卒業後、早速エジプトへ。風景も料理も人との出会いも、すべてが新鮮で「広い世界をもっと見たい」とバックパッカーをしながら、これまでに50を超える国を訪れました。何が起こるかわからないのが旅の魅力、なのですが……。

 2013年2月、タイ・バンコクに到着したばかりの夜、日本にいる叔母から電話がかかってきました。母が倒れた、と。

 バイオリン教師だった母は車の運転中に突然、脳出血を発症しました。意識は戻ったものの左半身がまひし、記憶障害や妄想の症状も出て、要介護5と認定されました。「もうバイオリンを弾けないかも」と涙を流す姿を見て、励まそうととっさにかけた言葉が「ウィーンへ行こう」でした。クラシック音楽の聖地、音楽家の母にとってあこがれの街です。

無職 貯金ゼロ 不安に押しつぶされそうな夜

 母は昔、生まれつき脳性まひという重い障害のある私の一番下の妹を、遊園地や音楽会にどんどん連れて行きました。「楽しいおでかけは最高のリハビリだから」と言って。だから私も母を家で寝たきりにさせない、外に連れ出そう、と。そう介護の柱を決めたんです。

 海外旅行は、とびっきりのおでかけです。母の脳にも、きっといい刺激になるはずだと考えました。一方、当時の私は仕事を辞めて貯金はなく、独り身で介護に明け暮れる状況。将来の不安に押しつぶされそうになっていました。せめて大好きな旅に行く目標ぐらいは持ち続けていたかった。「ウィーンへ」は、私にとっても唯一の生きる希望となりました。

 もちろん要介護5の母が、海外に行くには相当の準備が必要です。心配する声、反対する声も耳に入ってきました。でも、旅をあきらめることは、生きるのをあきらめることに等しかった。資金づくりや情報収集、そして旅に向けたリハビリ。綿密な計画を立てて一つ一つ実行しようと決めました。

 「ウィーンへ」は、まさに魔法の言葉でした。もともとポジティブな母が懸命にリハビリに取り組むと、驚いたことに身体・認知機能が少しずつ回復。旅に向けて時間があればガイドブックを眺め、ドイツ語も覚えようと努力しました。旅先で長時間座れるように、手すりのないトイレを使えるように練習を重ねました。

 介護中心の生活をしていると夜中にふと、つらいなと感じる時もあって。かつて訪れた旅先の風景を思い出すと気が楽になりました。地球の裏側の盛大なお祭り、島をよちよち歩くペンギンの群れ……。今は介護という狭い世界で過ごしているけれど、私はリアルな広い世界を知っているんだ。そう思うことで救われたのかもしれません。

親孝行じゃない 私自身が生きてゆくための旅

 母が倒れてから3年余りたった2016年6月、いよいよウィーンへと出発しました。叔母も加わった三人で直行便に乗って12時間、ようやくたどり着いた街並みの美しさと言ったら! 母は名物のリンゴパイをほおばり、車いすごと乗れる「バリアフリー馬車」に盛り上がり、黄金色に輝く音楽ホールで演奏を聴いて「すっごく楽しい」と満面の笑顔。私も幸せでした。でも、親孝行をしたつもりはないんです。母も私も行きたかったから行っただけ。私自身がこれからも生きてゆくために必要な旅だったと思います。

ブロガー・作家たかはたゆきこさんインタビュー
「一緒に馬車に乗り、念願のホールのコンサートで母の喜ぶ顔を見た時には、すべてのことが報われたと達成感でいっぱいになりました」とたかはたさん。

ブロガー・…ンタビュー
「一緒に馬車に乗り、念願のホールのコンサートで母の喜ぶ顔を見た時には、すべてのことが報われたと達成感でいっぱいになりました」とたかはたさん。

 介護する側もされる側も、一緒に美しい景色を眺め、おいしいものを食べて、感動できるのが旅の醍醐味。母はよっぽど楽しかったらしく、すぐ下の妹家族が暮らすオーストラリアに行きたいと張り切っています。一度きりの人生、お互い楽しまなきゃと思っています。

メモ:たかはたさん流 「介護海外旅行」のステップ

1.資金づくり いくらあっても

 体力や障害を考えると現地での移動手段はタクシー、宿泊は観光地に近い設備の整ったホテル。介護旅行には予想以上にお金がかかる。無職、貯金ゼロの私は資金づくりに真っ先に取り組んだ。在宅介護とあって外に働きに出ることは難しく、1件100円程度でウェブ原稿を書く内職をした。書いても書いても目標の100万円には届かず、行きの飛行機はやむなくエコノミー席に。母は「お尻が痛い」と一睡もできなかった。旅一番のつらい思い出。

 2.いつ行くのか 決めるのは今

 行くと決めたら、その時からスタート。具体的な年月日まで設定できればベスト。時期を決めると、現地で過ごす自分たちの姿が想像できて、一気にモチベーションが高まる。服装や持ち物も絞り込め、準備がしやすくなる。海外に行く決意を言葉にすることも大事。私は当時書いていたブログのタイトルを「在宅介護しながらウィーンに行くブログ」に変更した。

 3.バリアフリーの最新情報入手

 車いすでの移動は時間がかかり、体力を消耗する。観光プランには、休息タイムをたっぷりと。体調について医師にも相談。ウィーンの街のバリアフリー情報が少なく、困ってブログで呼びかけたところ、読者が現地在住の日本人を見つけて連絡を取ってくれた。最新情報が入手できて、とても助かった。航空券とホテルの手配は「障害者旅行に強い大手旅行会社」に依頼。

 4.旅先をイメージしたリハビリ

 ウィーンの石畳の道路でも動きやすい標準型の車いすに切り替えたり、リフトやスロープのついていない普通の車に乗り降りする練習をしたり、手すりのないトイレでも用を足せるように訓練をしたりした。現地でサポートしてくれる人を探しておくと心強い。「トラベルヘルパー」(外出支援専門員)を頼むのも一つの方法。

5.海外を断念した場合のプラン

 体調が最優先。もし渡航が難しくなった時には、潔くあきらめようと考えていた。ただ、海外は無理でも国内なら行ける場合があるかもしれない。母が喜びそうな代替案として、こっそり「富士山の見える温泉宿」に泊まるプランも準備していた。

  • たかはたゆきこ
  • たかはた ゆきこ(たかはた・ゆきこ)

    介護士・ブロガー・作家

    1974年生まれ。兵庫県三田市在住。介護士・ブロガー・作家。要介護5の母とオーストリア・ウィーンを旅するまでの奮闘ぶりをつづった『おでかけは最高のリハビリ!』(2018年、雷鳥社)で、旅に関わる優れた著作に贈られる「斎藤茂太賞」を受賞した。ブログ「猫とビターチョコレート」も続けている。

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