<連載> 腸サイエンスの時代

健康な人の便を移植? 研究進む意外な治療法が目指すもの

<腸サイエンスの時代>順天堂大准教授・石川大さんインタビュー(上)

2020.02.28

 健康な人の便を腸に移植することで、腸内細菌叢(フローラ)を置き換え、難病の治療につなげる便移植療法。米国で広がりつつある新しい治療法は、国内でも臨床研究が進んでいます。便移植療法で難病の潰瘍(かいよう)性大腸炎の治療に取り組む順天堂大学の石川大准教授に、研究の現状と将来の可能性について伺いました。

石川大准教授
撮影:村上宗一郎

大切な腸内の多様性

 私たちの腸内フローラは、人によって個性のような違いがあり、それは3歳ごろまでにできあがります。しかし、生育の過程で抗生物質をたびたび服用するなど、何らかの影響で不完全なまま腸内フローラができあがってしまうと、後々食物アレルギーやアトピー性皮膚炎など、さまざまな疾患につながる可能性があると考えられています。

 これまで私たちは「潰瘍性大腸炎」という難病指定疾患の治療に取り組んできました。国内の患者さんは約17万人(2013年現在)いて、毎年約1万人ずつ増えています。子どもの頃に発症することが多く、症状の増悪と寛解を繰り返しながら、ずっとつきあっていかなければいけない病気とされています。この病気の発症や症状の悪化に、腸内フローラが関わっているとすれば、これを大規模に改善することで治療できるかもしれない。そんな発想から2014年に始めた臨床研究が「便移植療法」です。もし、これが有効な治療法になれば、これまで治療薬の副作用に悩まされていた患者さんにはメリットになります。また、長期的に見れば難病治療にかかる医療費負担の問題解決にもつながる可能性があります。

 私たちは、潰瘍性大腸炎の患者さんの腸内フローラを調べました。人間社会には、様々な人の多種多様な意見があって、初めて健全な社会が成り立つとする「ダイバーシティー(多様性)」という考え方があります。これは、生物界であっても同じです。腸内フローラにおいても、多様な菌種が偏りなく存在するバランスのとれた状態が、生物学的には強いのです。

難病患者の腸内に偏り

 ところが、潰瘍性大腸炎の患者さんの腸内フローラは、調べてみるととても偏っていることが判明しました。特定の菌が並外れて多かったり、健康な人には必ずある菌種が失われていたりと、明らかに多様度が低下していたのです。それが病気を起こした原因なのか、病気によってもたらされた結果なのかは断言できません。ですが、問題は特定の種類の細菌にあるのではなく、腸内細菌同士の関係性やバランスにあることはわかりました。そこから、バランスが整い、多様な細菌社会が完成された状態の腸内フローラそのものを移植する「便移植療法」が理にかなっていると考えられます。

 便移植治療の現場
内視鏡を使って腸内細菌溶液を大腸に移植する様子=石川大さん提供

 私たちの研究グループでは、便移植療法を実施する前には、3種類の抗菌薬を2週間服用してもらう「腸管クリーニング」を行っています。抗菌薬の連続服用で、いったん腸内細菌を極限まで減らし、無菌状態に近づける。その上で、健全な腸内フローラを迎えようという発想です。腸内フローラには、自分たちのバランスを一定に保とうとするホメオスタシス(恒常性)という機能があります。体の外からよそ者の細菌が入ってこようとすると、その機能が働いて簡単には受け入れられず、腸内に定着できません。「腸管クリーニング」は、いわば乱れた土地をいったん更地に戻してから、新しい建物を移築するようなイメージです。

細心の注意払い移植

 2週間の服薬後、嫌気性環境(酸素に触れないように)で提供者(ドナー)の便を生理食塩水と混ぜ合わせ、抽出した腸内細菌溶液を大腸内視鏡を使って腸内に移植します。ドナー便の安全性は、とても重要です。ウイルスや寄生虫、病原菌の有無のチェックはもちろん、便を提供していただくドナーの方への詳細な問診や、血液検査による肝機能、腎機能の検査も行います。

 こうした検査だけでも大変な費用と手間がかかりますが、移植を安全に行うためには慎重に行う必要があります。まだ臨床研究の段階にある治療法の効果を、正しく評価する上でも欠かせないプロセスです。

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  • 石川大
  • 石川 大(いしかわ・だい)

    順天堂大学医学部付属順天堂医院消化器内科学講座准教授

    2001年岩手医大卒。09年米国ケースウエスタンリザーブ大IBD(炎症性腸疾患)リサーチセンター留学。2011年順天堂大付属順天堂東京江東高齢者医療センター助教などを経て、16年同大医学部付属順天堂医院消化器内科学講座准教授。腸内フローラ解析を軸に新しいヘルスケア事業に取り組むバイオベンチャー企業「メタジェン」の取締役CMOも務める。

  • この連載について / 腸サイエンスの時代

    腸、とくに大腸にすむ数百種類、百兆個におよぶ細菌たちがつくる「腸内フローラ」。その状態が、心や体の健康、美容などに大きく関わっていることが最近わかってきました。21世紀は腸の時代ともいわれる今、各分野の最新研究を紹介します。

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