<連載> 腸サイエンスの時代

「便移植」で難病に挑む 治療成績が示す未来図は

<腸サイエンスの時代>順天堂大准教授・石川大さんインタビュー(下)

2020.03.06

 健康な人の便を腸に移植することで、腸内細菌叢(フローラ)を置き換え、難病の治療につなげる便移植療法。順天堂大の石川大准教授は、難病である潰瘍(かいよう)性大腸炎の便移植による臨床試験に挑みました。その結果は、これまでの投薬治療を上回る改善効果が確認されたそうです。便移植の将来には、どんな可能性が広がっているのでしょうか。前回に引き続き石川准教授に伺いました。

腸内細菌溶液をつくる装置と石川准教授
移植に使う腸内細菌溶液を作り出す装置を紹介する石川大さん。酸素に触れない環境下で、ドナーの便に生理食塩水を混ぜ合わせて抽出する 撮影:村上宗一郎

有効性の高さ示した臨床試験結果

 便移植療法の臨床試験には、2019年末までに潰瘍性大腸炎の患者さん170人と、ドナーを引き受けた110人の皆さんに参加していただきました。その結果、短期的には7割近い患者さんに効果が確認され、従来の抗菌薬のみの治療法よりも有効性が高いことがわかりました。ただ、治療後2年を経過すると、移植した腸内細菌が定着せず、再発してしまう患者さんもおられるなど、まだまだ全ての患者さんを治せる段階ではありません。

 血液の移植(輸血)では、免疫拒絶反応が起こる場合がありますから、他人の腸内細菌の移植でも拒絶反応が起こらないのかと、疑問を持つ方もおられるかもしれません。

「共生」がもたらす免疫寛容

 血液は、白血球などを調べればその人の遺伝子が確認できますから、その人のものだと言えます。でも、腸内細菌はどうでしょうか。彼らは、もともとは体の外にいた微生物です。彼らは、私たちを宿主として生きているのであって、いわば人間は、宿を貸してすまわせているだけ。よく「自分の腸内細菌」という言い方をしますが、実際には共生しているだけで私たちのものではありません。そして、彼らが人間の腸内にすみつき、定着した段階で「免疫寛容」という体のシステムが働いて、腸内細菌を異物と見なさなくなります。体にとって異物ではない以上、拒絶反応は起こりません。

 腸内細菌たちは有史以来、生きるために、そして殖えて継代(けいだい)するために人間を利用してきたのです。しかも、その数は人間1人に約100兆個もいて。40兆個と言われている1人の人間の細胞数より多いのです。彼らの持つ膨大な遺伝情報が束になり、宿主である人体に色々な影響を及ぼしているのです。

 彼らは、私たちの腸内で様々な代謝産物を作りだし、新しいエネルギーを生み出して、いつのまにか人間にとって欠かせない存在になってしまいました。だから、様々な細菌と共生する人間は「スーパーオーガニズム(超生命体)」と呼ばれるのです。

 腸内細菌にとって人間の腸管は、彼らのすみかとして大切な場所なので、人が病気にならないように腸内環境を調整しています。しかし時には、劣化した腸内フローラが代謝やエネルギーの産生を妨害することもあります。

ひとり一人に合わせた医療の可能性

 患者さんを苦しめる潰瘍性大腸炎の研究を深めると、腸内細菌のもたらす恩恵とリスクは隣り合わせだということに気付きます。もしも人間の英知で、上手に腸内フローラをコントロールできるようになれば、今まで以上に人間の健康に役立てられる可能性があります。

 今後私たちは、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の患者さんへの「便移植療法」の有効性についても、臨床試験を進めていく予定です。他にも精神、神経、代謝などの病気の治療にも役立てられるのではないかと期待していますが、まだ未知数です。

 ある人には便移植が有効でも、効かない人もいる。それは、個人によって合う腸内フローラの構成が異なるからで、そのマッチングを見極めることが今後の課題です。

 完璧な腸内フローラの塊が存在し、それを移植さえすれば誰でも病気を治せるというものではありません。マッチングの仕組みが明らかになって初めて、その人に見合ったタイプの腸内フローラを提供できるようになります。それは将来、特定のタイプの人に合わせた「層別化医療」や、ひとり1人に合わせた「個別化医療」の提供の可能性にもつながる治療ツールになると考えています。

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  • 石川大
  • 石川 大(いしかわ・だい)

    順天堂大学医学部付属順天堂医院消化器内科学講座准教授

    2001年岩手医大卒。09年米国ケースウエスタンリザーブ大IBD(炎症性腸疾患)リサーチセンター留学。2011年順天堂大付属順天堂東京江東高齢者医療センター助教などを経て、16年同大医学部付属順天堂医院消化器内科学講座准教授。腸内フローラ解析を軸に新しいヘルスケア事業に取り組むバイオベンチャー企業「メタジェン」の取締役CMOも務める。

  • この連載について / 腸サイエンスの時代

    腸、とくに大腸にすむ数百種類、百兆個におよぶ細菌たちがつくる「腸内フローラ」。その状態が、心や体の健康、美容などに大きく関わっていることが最近わかってきました。21世紀は腸の時代ともいわれる今、各分野の最新研究を紹介します。

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