<連載> 人生100年時代を豊かに生きる

“古希学長”出口治明氏が語る 物事を正しく見るための「タテ・ヨコ・算数」

本物の教養とは何か(1)

2020.04.17

 人生100年時代を豊かに生きるためには、何が必要でしょうか。大企業の社員から還暦でライフネット生命を開業し、古希で立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した出口治明さんに、「本物の教養とは何か」を聞きました。

人間には生きがいが必要

 まず人間は動物なので、一番大事なことはごはんを食べることです。2600年以上も前に中国で活躍した政治家の管仲が「衣食足りて礼節を知る」という言葉を残しているように、ご飯がきちんと食べられなければ礼儀も節度もあったものではありません。では、人間は3度のご飯を食べられればそれで満足するかというと、聖書に「人はパンのみにて生くるものにあらず」とあるように、そうではありません。人間には、生きがいが必要なのです。

 では、生きがいとは何かというと、抽象的でよく分からない。それを僕は「世界経営計画のサブシステムを生きる」と呼んでいます。ほとんどの人は「周囲の世界を良くしたい」と思っています。住んでいる町をきれいにしたいとか、職場をもっと明るくしたいとか。それを格好をつけて、「自分が周囲の世界を経営してもっと良くしたい」という意味で「世界経営計画」と呼んでいます。

出口治明さん
立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんは、「人間は動物なので、動物学的に言えば次の世代のためにどういう世界を残すのかを考えることが、世界を理解するスタートになる」と語る

人間が「コロナウイルス、なくなれ!」と願っても……

 もし皆さんが神様だったら、世界はすぐに変わります。例えば、神様だったら「コロナウイルス、なくなれ!」と言った瞬間に、コロナウイルスはなくなるでしょう。でも、人間にはそれができません。人間ができることは、周囲の世界をどのように理解し、どこが嫌で、どこを変えたいと思うのか、そして、今の持ち場で、自分が何をしたら世界を変えることにつながるのかを考えること以外にはないのです。

 つまり、「世界経営計画」のメインシステムは神様しか担えない。人間ができるのは世界経営計画のサブシステムを担うこと。それが生きがいだと僕は思うのです。

「色眼鏡」を外して世界を理解する

 世界経営計画のサブシステムを担うための前提は、一人ひとりが世界を正しく理解することです。ところが、人間はそれぞれ固有の価値観や人生観という「色眼鏡」をかけて世界を見ているため、なかなか周囲の世界を正しく理解することができません。ですから、物事をフラットに見るには、まず色眼鏡を外すことが必要で、そのためには、物事を「タテ・ヨコ・算数」の視点で捉えることが大切です。「タテ」が歴史的事実、「ヨコ」が世界の常識、「算数」が数字(データ)による裏付けです。

 例えば、誰かが「夫婦別姓のような考え方は日本の伝統ではない」と言ったとします。本当でしょうか。僕は中学校で、鎌倉幕府を開いた源頼朝は平政子(北条政子)と結婚したと習いました。素直に理解すれば、日本は歴史的にずっと夫婦同姓だったわけではなく、かつては夫婦別姓だったのです。同姓が強制されたのは明治以降です。

 では世界はどうかというと、OECD(経済協力開発機構)加盟37カ国の中で、法律婚の条件として同姓を強制している国は日本を除くと一つもありません。この二つの事実を知れば、「夫婦別姓は家庭を壊す」などと言っている人は、単なる不勉強か思い込みが強い人だということが分かります。ですから、どんな問題でも「タテ(歴史)」「ヨコ(世界)」で見れば、たいていの相場は分かるのです。

「日本的経営」は世界を救ったのか

 もう一つ大事なのは「算数」です。これは「数字・ファクト・ロジック」あるいは「エビデンス」と言い換えられます。「私はこう思う」ではなく、裏付けがあるデータを基に議論をしようということです。

 最近でこそ減りましたが、日本では「欧米の資本主義の時代は終わった」「21世紀は日本的経営が世界を救う」などと言う人がいまだに後を絶ちません。平成の約30年間で日本の正社員の労働時間を見てみると、年間約2000時間でいっこうに減らず、実質GDP(国内総生産)成長率は1%あるかないかです。一方でフランスやドイツなどのEU諸国を見てみると、年間1400時間前後の労働で、実質GDP成長率を約2%伸ばしているわけです。つまり、日本は長時間働いているのに、EUと比較すると全然もうかっていないのです。

 1989(平成元)年の世界のトップ企業20社を見ると、実に14社が日本企業でした。ところが現在このランキングに日本企業は一つも入っていません。もし日本的経営が優れているのなら成長するはずです。長時間働いているのに業績(GDP)が上がらないというのは、経営の問題だという”解”以外に答えはありません。物事を見るときには、やはり「算数=エビデンス」を基本に考えなければ、話にならないということです。

  • 出口治明
  • 出口 治明(でぐち・はるあき)

    立命館アジア太平洋大学(APU)学長

    1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。京都大学法学部(専攻:憲法)を卒業。1972年、日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。2008年、ライフネット生命を開業、代表取締役社長に就任。2012年、上場。2017年末、同社を退社。2018年1月、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任(現在に至る)。著書に『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『人類5000年史』シリーズ(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義』シリーズ(文芸春秋)など多数。

  • この連載について / 人生100年時代を豊かに生きる

    人生100年時代を豊かに生きるためには、何が必要なのでしょうか。大企業の社員から還暦でライフネット生命を創業し、古希で立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した出口治明さんに、「本物の教養とは何か」を聞きました。

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