<連載> 人生100年時代を豊かに生きる

“古希学長”出口治明氏が語る 「メシ・風呂・寝る」という日本社会の欠陥

本物の教養とは何か(4)

2020.05.08

 還暦でライフネット生命を開業し、古希で立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した出口治明さんは、日本の企業人が長時間労働を前提に「メシ・風呂・寝る」の生活をしている社会構造は世界とずれていると指摘します。何が課題で、どのように価値観を変えていくべきなのでしょうか。

家事を「手伝う」という発想のゆがみ

 日本の企業に勤める人たちが、長時間労働を前提に、「メシ・風呂・寝る」の生活を続けていては、日本の経済はもう持ちません。僕は、日本人が怠け者だとは思いません。製造業の工場モデルに過剰適応した日本の社会構造が問題なのです。

 連載の第2回「日本でユニコーン企業が生まれない三つの理由」でも述べたとおり、これからの日本が目指すべきは、男女差別をなくし、女性の社会的地位を押し上げることです。男性の長時間労働、すなわち「メシ・風呂・寝る」を前提に、女性には家で男性をケアさせた方が効率がいいと考えて、税制の配偶者控除や年金の3号被保険者というゆがんだ制度を作り、性分業意識を醸成してきたのです。

 女性の意識が低いのも、何も女性が悪いのではなく、「家事・育児・介護を手伝う男性は素晴らしい」というゆがんだ発想が社会に行き渡っているからです。手伝うという発想は、家事・育児・介護は本来女性の仕事であるという前提を置いているわけですね。制度は意識を変えます。ですから、配偶者控除や3号被保険者制度をやめて、議員や会社役員などの女性の割合を、あらかじめ一定数に定めて積極的に起用する「クオータ制」を採り入れば女性の社会的地位は上がります。男女差別がなくなれば、ユニコーンも生まれやすくなり、出生率も上がるでしょう。

出口治明さん
現代の「知の巨人」と呼ばれる出口治明さんは、「知識」と「考える力」の関係を、料理の「食材」と「料理人」になぞらえる。「材料がないときは材料がすべて。材料が豊富に入るようになったから、三つ星シェフの社会的地位が上がったのです」

 日本ではいまだに、3歳まで母親が子育てに専念すべきだという「3歳児神話」を信じている人もいます。ホモ・サピエンスの歴史を見れば、保育園こそが正当です。ホモ・サピエンスは、150人くらいの群れで移動しながら生活し、キャンプ地が決まると赤ちゃんを1カ所に集め、けがをした人や高齢者が面倒を見ていました。男性も女性も食べ物を得るために働いていた。ですから子どもを保育園に預けて男性も女性も働くのが人間として当たり前の姿なのです。

 お母さんが子どもに愛情を抱くのは、出産後に分泌される「オキシトシン」というホルモンの作用です。男性にオキシトシンが分泌されるのは、赤ちゃんの面倒を見るからです。つまり、お父さんは子どもがかわいいから面倒を見るのではなく、面倒を見ることで子どもをかわいいと思うようになる。この仕組みが分かってきたからこそ、政府は男性にも育児休業を4週間ほど取らせる方向へと舵を切りました。

「人・本・旅」が教養を育む

 これまで挙げてきた日本の社会が抱える問題を、根本から解消するのには何が必要か。僕は、働き方改革を徹底させ「メシ・風呂・寝る」の生活から、いろいろな人に会い、たくさん本を読み、面白いところへ行き、そこから学びを得る「人・本・旅」の生活に切り替えることだと思います。旅というのは、観光旅行をしなさいということではありません。近所で行列ができている評判のケーキ屋さんへ行って、実際に店を見て、ケーキを食べてみて、なぜ評判がいいのかを考える。これも立派な旅です。

 「人・本・旅」を実践することで、広い世界へ飛び出して、好きなことをもう一度勉強し直して、大学と社会を行ったり来たりしながら自分にとって楽しい人生にチャレンジする。これこそが人生100年時代の醍醐味(だいごみ)です。

 今は新型コロナウイルス問題で大変ですが、14世紀のペストはルネサンスを生みました。現在、テレワークやオンライン授業などが広く行われようとしています。市民のITリテラシーは格段に上がっています。コロナウイルスは間違いなく、働き方改革を生み出すことでしょう。

「教養」はおいしいか、まずいか

 ところで皆さんは、おいしいご飯とまずいご飯のどちらを食べたいですか。もちろんおいしいご飯でしょう。では、おいしいご飯を作るのに必要なものは何か。いろいろな食材を集めて、そこから材料を選んで、上手に調理する能力です。教養もまさに同じことで、食材集めが知識の蓄積に相当します。そのために必要なのが「人・本・旅」ですね。そして必要なものを選び出し調理する能力が「タテ・ヨコ・算数」で世界を見て、物事の根本から自分の頭で考える力です。探求力、問いを立てる力です。

 食材が満足に得られなかった時代は、肉があれば煮て食べようが焼いて食べようがおいしく感じました。肉がどこでも手に入るようになると、「〇〇シェフの料理がおいしい」というように、料理人の手腕が問われるようになります。これを教養の話に置き換えると、インターネットで何でも簡単に調べられる時代になれば、物知りが重宝される時代は終わります。つまり、大切なのは知識をたくさん蓄えることではなく、蓄えた知識を総合的に生かせる力、「考える力」です。「知識×考える力」が教養なのです。

 今の世の中は変化のスピードが速い。学んだ知識はすぐに陳腐化します。APU(立命館アジア太平洋大学)でよく交わす冗談の一つに「学生にプログラミングを教えても、彼らが卒業する頃にはもう誰も使っていない」というのがあります。だからこそ常に知見を広くし、自分で教養をアップロード(更新)しなければなりません。

 結論は簡単です。人生100年時代を豊かに生きようと思ったら、みんなが「人・本・旅」で勉強するしかない。例えば、必要以上の老後資金づくりに腐心するより、社会保険労務士の資格を取れば、一生働けるでしょう。「人生に定年なんてない」と気づけば、どのように自己投資をすべきか分かるはずです。

 社会の”常識”をうのみにせず、「タテ(歴史)・ヨコ(世界)・算数(データ)」の視点で世界をとらえ直し、「人・本・旅」で学び、そして自分の頭で考えることが、人生100年時代を豊かにする本物の教養なのです。

  • 出口治明
  • 出口 治明(でぐち・はるあき)

    立命館アジア太平洋大学(APU)学長

    1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。京都大学法学部(専攻:憲法)を卒業。1972年、日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。2008年、ライフネット生命を開業、代表取締役社長に就任。2012年、上場。2017年末、同社を退社。2018年1月、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任(現在に至る)。著書に『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『人類5000年史』シリーズ(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義』シリーズ(文芸春秋)など多数。

  • この連載について / 人生100年時代を豊かに生きる

    人生100年時代を豊かに生きるためには、何が必要なのでしょうか。大企業の社員から還暦でライフネット生命を創業し、古希で立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任した出口治明さんに、「本物の教養とは何か」を聞きました。

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