<連載> 大腸最前線

難病で終わったはずの人生を救ったのは、弟の腸内細菌だった

「便移植療法」を受けた片山武蔵さんに聞く(上)

2020.05.25

 大腸にすむ腸内細菌は、検査法の飛躍的な進歩などにより、私たちの健康増進に役立つさまざまな働きが明らかになってきました。最新の治療例や、医療現場の動向などをリポートする「大腸最前線」。その1回目は、難病の潰瘍(かいよう)性大腸炎を「便移植療法」で乗り越えた、神奈川県在住で公認会計士の片山武蔵さん(35)の体験談を紹介します。

 あれは29歳の時でした。突然、食中毒のような症状に襲われたのです。原因不明の急性腸炎で、吐き気や下痢が収まっても、腹痛や体調不良が続き、出勤することもできなくなりました。
 色々な病院で診てもらって1カ月後ぐらいで、ようやく潰瘍性大腸炎と診断されました。
 潰瘍性大腸炎は、国の指定難病です。その原因は解明されておらず、「治す方法はない」とも言われました。一度発症すると完治するのが難しい病気なのです。一般的な治療は、免疫抑制剤を飲むこと。5年ほど前は、体の免疫系の暴走が原因ではないかと、考えられていたのです。

一時は「人生終わった」とも

 でも私は、免疫抑制剤を服用することを拒みました。というのも、当時の主治医の話では、免疫抑制剤はだんだん効かなくなり、そうなるともっと強い薬に替えなければならなくなる。その繰り返しが一生続くのではたまりません。免疫抑制剤に頼るのは、もう他に選択肢がなくなった、最後の手段にしたいと考えたのです。
 それで、免疫抑制剤以外に治療法はないか、本を読んだりして必死で探しました。東洋医学の漢方やおきゅう、民間療法も試してみました。でも、やはり効果はありませんでした。

公認会計士の片山武蔵さん
潰瘍性大腸炎と闘っていたころを振り返る、公認会計士の片山武蔵さん (撮影)村上宗一郎

 その間にも症状は進んでゆきます 。何がつらいかと言えば、おなかはすくのに食事ができないこと。荒れて血だらけになった腸内に、塩を塗りこんだような激痛に襲われるので、固形物が食べられないのです。それで、プロテインの粉のような、水に溶いて飲む栄養剤をとるのですが、これがまずくて閉口しました。腹痛は24時間続くので、眠ってもすぐ目覚めてしまいます。食べていないのでトイレにかけこんでも、血の混じった粘液しか出てきません。そんなこんなで半月ほどで15キロ以上も体重が落ち、最後には文字どおり骨と皮になってしまいました。
 そんな調子では仕事にもなりませんので、勤めていた外資系の大手会計事務所も辞めました。実家に戻り、ぼうぜんと日々を送る中で、公認会計士の仕事も、将来の結婚も諦めなければならないのかと、人生が終わったような気持ちでしたね。

腸内細菌に注目 臨床研究に参加

 一方で私は、治らない病気だという事実が受け入れられませんでした。それで医学書だけでなく健康や人生に関する本などにあたって読みあさりました。
 そんな折に、テレビで腸内細菌についての特集番組を見たのです。そこでは、がんや糖尿病、アレルギーといった病気や、肥満、老化の原因などに腸内細菌が関係していることが紹介されていました。また、抗生剤の投与によって腸内フローラのバランスが崩れ、ある細菌が異常に増殖することで腸内に炎症などを起こす偽膜性大腸炎についても触れていて、米国では、健康な人の腸内細菌を移植する便移植療法が行われ、効果を上げつつあることも知りました。
 調べると、国内でも便移植療法の臨床研究が行われていることがわかり、わらにもすがる思いで、順天堂大の石川大准教授のもとを訪ね、相談しました。発症から1年後の2015年3月のことです。診察の結果はかなりの重症で、石川先生から治療内容について詳しくお話を聞き、納得して臨床研究に参加することを決断しました。

 翌月から、2週間にわたって3種類の抗菌薬を服用しつづけました。いったん腸内細菌を極限まで減らし、無菌状態に近い環境までリセットするためだと聞きました。それが済めば、いよいよ移植です。手術は4月22日に行われました。
 石川先生の話だと、現在は、誰の腸内細菌を移植するのが有効か、色々調べて最適なマッチングを探すのだそうですが、5年前は、まだ研究開始間もなくであり、安全性の面から健康な家族の便を使う方式になっていました。なので私は、弟に便の提供を頼みました。体質的に、彼が一番自分に近いのではないかと考えたのです。
 便移植療法というのは、酸素に触れない環境下で、便を生理食塩水と混ぜ合わせ、そこから抽出した腸内細菌溶液を、内視鏡を使って私の腸内に移植するというものです。

抗菌薬併用便移植療法の概念図
抗菌薬併用便移植療法の概念図(提供:順天堂大学消化器内科学講座 石川大准教授)

劇的な効果実感 体重も元に

 手術が始まってから約2時間して麻酔から目が覚めると、明らかな体調の変化を感じました。その日の夕食は出された病院食を完食でき、それだけでは足りないと感じたぐらいで、その変化は「治った」と思えるほど劇的な感じでした。逆に言えば、術前の体調がそれほどひどかったということなのかもしれません。
 あれほど悩まされていた腹痛がなくなり、ずっと下痢だったのが普通の便が出るようになりました。毎日、3食おいしく食べることができるようになり、2カ月ほどで体重も戻って、今では65キロぐらいあります。

 私は便移植療法のおかげで潰瘍性大腸炎の症状が劇的に改善されたのですが、同じ治療を受けた全員に効果が出るとは限りません。石川先生によると、臨床研究を受けた170人のうち7割近くの人で効果が確認できたのだそうです。私がうまくいったのは、弟の腸内細菌との相性が良かったのか、あるいは私があえて免疫抑制剤を使わなかったため、免疫力が落ちていなかったのではないか、などと想像しています。
 潰瘍性大腸炎の研究は、依然として道半ばで、原因の解明も決定的な治療法もいまだ分かっていない状況です。でも、便移植療法を経験した私は、腸内細菌の異常が原因で、その改善こそが治療のカギになると信じています。
 便移植を受けてから5年。いつか再発するかもしれないという不安は、今も抱えています。現在は、新型コロナウイルス感染拡大により便移植療法の臨床研究の新規受付は一時中断中とのことですが、同じ病気に悩む皆さんが誰でも受けられる治療法として認められる日が、早く来ることを願っています。今も私は、石川先生の元に3カ月おきに通い、定期的に腸内環境などをチェックしてもらっています。私は定期健康診断のつもりで受診を続けているのですが、この間の私の検査データが、今後の研究にもいかされることを願っています。(談)

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  • 片山武蔵
  • 片山 武蔵(かたやま・むさし)

    公認会計士

    1984年、神奈川県生まれ。大学卒業後、外資系の会計事務所で勤務するが、潰瘍(かいよう)性大腸炎の発症により退職。回復後の2015年に「やまと総合会計事務所」を開業。妻と長男の3人家族。

  • この連載について / 大腸最前線

    大腸にすむ腸内細菌は、検査法の飛躍的な進歩などにより、私たちの健康増進に役立つさまざまな働きが明らかになってきました。腸内細菌を活用した最新の治療例や、医療現場の動向などを、分かりやすくご紹介します。

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