知らない人から「認知症探し」をされたら、本人は生きづらい

認知症当事者の丹野智文さんに聞く 12の質問(下)

2020.07.08

 認知症の人に接するとき、どのようなことを気にかけたら良いのでしょうか。よかれと思ってかけた言葉が、本人を傷つけているかもしれません。認知症の当事者として発信を続ける丹野智文さんの講演会での質疑応答を、3回に分けてご紹介します。

丹野智文さん
「認知症フレンドリープロジェクト特別講演会」に登壇した丹野智文さん=朝日新聞東京本社

Q:認知症は見た目で分からない。どうしたら認知症の人を気づくことができますか?

A:分からなくていいと思う。考え方を変えてほしい

 「助けてあげなきゃ」という気持ちになっているから、こういう質問になってしまうのです。困っているときに、声をかけてもらえる社会になってほしい。認知症サポーターの養成講座を受けて、修了証代わりの「リング」をもらった人は、その瞬間に「認知症の人を探してでも助けなきゃ」と、「認知症探し」を始めてしまう。
 考え方を変えてほしい。サポーターは、支援するパートナーでいてほしい。気づかなくてもいいんじゃないかな。本人が困っていて、「助けて」と言われたら助けてあげればいい。
 民生委員さんに「認知症の人を見つけたら、どう声をかけたらいいの?」と聞かれることがあります。全然知らない人から「何に困っていますか?」と言われたら、大きなお世話でしょう。日頃からコミュニケーションをとれば、困ったときに相談に乗ってくれます。日頃のコミュニケーションがなくて、急に認知症の人を探し出そうとしたら、本人は生きづらい。困ったときに「助けて」と言える街をつくればいいのではないでしょうか。

  

Q:丹野さんが、笑顔になれたきっかけは?

A:「あの人のようになりたい」と思えたこと

 診断直後にインターネットで「2年後に寝たきりになる」と書いてあったのを読んで、信じ込んでしまいました。でも、ある当事者に会ったら、診断から6年たっているのに元気だった。「あの人のようになりたい」というのが、笑顔になれたきっかけです。
 こうやって、いろんな人に出会うことがすごく大事です。こういう講演活動ができるのは、私の力ではなくて、皆さんのおかげです。自分にとって力になる。皆さんが認知症の考え方を変えてくれることで、私の症状が進行しても助けてもらえるいい社会になるんじゃないか。そう思うと不安が減ります。不安を取り除くことはできないけど、不安は減らすことはできます。

 

Q:認知症をオープンにできません。

A:失敗させないようにすると、成功体験もなくなる

 これは、家族が守りすぎてしまうからです。「失敗させないようにどうしようか」と考える。失敗しないということは、成功体験もない。皆さんも失敗しますよね。認知症の人も失敗することがあっても、続けていくことが大切です。成功体験で前向きになれば、オープンにできる人が増えてくるでしょう。
 私は仲間にも失敗をさせます。無理に失敗させるのではありませんが、失敗を恐れず挑戦してもらいます。当事者10人くらいで飲み会を企画したとき、周りの人たちが「迎えに行く」と言い出しましたが、断りました。すると当事者はどうするか。不安ですから、5時からの飲み会なのに、1時に下見に来て、帰ります。こういう成功体験が、前向きになれるきっかけになるのです。

 

Q:活動の原動力は何ですか?

A:認知症の当事者に笑顔になってほしい

 認知症になって、とにかくおかしいことが多いなと思います。私がやりたいのは、社会を変えるとか、皆さんに認知症のことを知ってもらうということではなくて、目の前の当事者に笑顔になってほしいから。どん底の時に、一人の当事者から笑顔をもらったからです。
 最近変わったと思うのは、5年前に講演を始めたときには、他に当事者がいなかった。今は会場に必ず当事者がいます。どんどん社会が変わってきたと感じます。
 私だって落ち込みます。泣くときもあります。まだまだ不安ですよ。でも、診断から1年間は、不安や恐怖で毎日泣いていたのが、今はそんなに泣かなくなりました。皆さんや仲間のおかげです。不安は取り除けませんけど、減らすことはできます。10年や20年後を考えるのではなく、今日や明日を笑顔で過ごしたいのです。

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  • ・認知症当事者の丹野智文さんに聞く 12の質問(上)
    「本当は傷つけている? 認知症の人がつらいこととは」はこちら
  • ・認知症当事者の丹野智文さんに聞く 12の質問(中)
    「認知症に対する「偏見」を感じるのはこんなとき」はこちら

 この記事は、朝日新聞東京本社で2019年11月18日に開かれた「認知症フレンドリープロジェクト特別講演会」の内容を採録したものです。

  • 丹野 智文(たんの・ともふみ)

    「おれんじドア」代表

    1974年、宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台でトップセールスマンとして活躍中の2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。診断後は事務職に異動し、現在は同社に所属しながら、認知症当事者としての声を届ける講演活動を続ける。認知症の人の相談に乗る「おれんじドア」を仙台市内で毎月開いている。著書に「丹野智文 笑顔で生きる―認知症とともに―」(文芸春秋)がある。

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