<連載> ありがとうの手紙

母からの一束の手紙は私のひつぎに 若くして生涯を閉じた母への「ありがとう」

渡辺えりさんからのメッセージ 「ありがとうの手紙」を読んで

2020.06.25

 大切な人、大切だった人、家族や友人、いつもお世話になっている人への感謝をつづった手紙を募集したところ、読者会議メンバーからたくさんの投稿が寄せられました。初回は沖原卓之さん(埼玉県・80代)から、亡き母に宛てた「ありがとうが言えなかったおわびの手紙」です。朝日新聞生活面で「渡辺えりの心に残るひととき」を連載する俳優の渡辺えりさんが、メッセージを寄せてくださいました。

母の手紙

母へ

 お母さん。北海道の港町紋別で54歳という若さで一生を閉じたあなたのその歳を、私ははるかに超えてしまいました。

 その私のたった一つの心残りは、家を離れていたこともあり、あなたに「さようなら」はもちろん、「ありがとう」も言えなかったことです。これは「ありがとうの手紙」というよりは「ありがとうが言えなかったおわびの手紙」です。

 ここにボロボロになりかかった一束の手紙があります。これは、あなたが初めて家を離れて暮らす私を案じて、学寮宛てに入院数カ月前から世を去るまでの一年間に送ってくれた63年前の気遣いにあふれた手紙です。これを読み返してみると、私を心配させまいと元気をよそおう一方で、心細い病床で私の便りを待ちわびていた様子がよくわかり、心がうずきます。なぜもっと便りを出さなかったのかと無念さが胸にこみあげ、いたらなかった自分の若さを謝るしかありません。正月休みに私の顔を見たかったでしょうに、十分な仕送りができない後ろめたさから、アルバイトしないで帰ってきてくれとあなたは言えませんでした。死の一週間前に書かれたものには、少し具合が良くなったら札幌の病院へついて行って欲しいから、春休みには学割を余分にもらってすぐに帰ってきて欲しいとありましたが、これはかなわぬこととなってしまいました。父からの電報が届いたのは、期末試験が済んだその日でした。

 年齢のいった父に代わって、幼い子ども5人を育てるために重ねた苦労に「ありがとう」も言えず、恩返しのまねもできないでしまいました。晩婚だったために子どもたちは小さく、何も思いやることができなかったことが悔やまれます。あのとき末の弟はまだ小学生でした。あなたの生涯を50ページの「母追慕の記録」にまとめ弟妹たちに渡しました。卓男は欠けましたが、4人は離れてはいますが助け合いながら仲良く暮らしています。あらためてありがとう。あなたの手紙は私のひつぎに入れてもらいます。
(埼玉県 沖原卓之さん 80代)

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渡辺えりさんからのメッセージ

  • 渡辺えりさん
  •  10代の頃の後悔の思いを80代の今日まで抱えてこられた沖原さん。お母様はどれほどあなたに会いたかったか。大人になり、人を愛し思いやる心を育てた沖原さんにとって耐えられない心情でしょう。でも、お母様は沖原さんを本当に愛してくださった。母の愛。無償の愛、これが宝物です。抱きしめることのできる手紙があるのがありがたいですね。

  • 渡辺 えり(わたなべ・えり)

    劇作家 俳優 演出家

    山形県出身。劇作家・演出家・女優、歌手として各方面で活躍中。2017年4月から朝日新聞生活面の「ひととき」を読んで感じたことをつづる「渡辺えりの心に残るひととき」を連載中。8月5日~9日に、書き下ろし作品を盟友木野花と共同演出する二人芝居「さるすべり~コロナノコロ~」に出演予定(会場:座・高円寺1)。続いて、8/21~23には尾上松也との二人芝居「消えなさいローラ」(会場:本多劇場)を演出、出演。

  • この連載について / ありがとうの手紙

    大切な方への感謝を手紙につづってみませんか?読者会議メンバーに「ありがとうの手紙」の投稿を募集しました。この連載は、俳優の渡辺えりさんが読者から届いた手紙を読み、メッセージを寄稿してもらう企画です。

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