<連載> ありがとうの手紙

心からの「ありがとう」を届けたい 今は亡き父母への手紙

渡辺えりさんからのメッセージ 「ありがとうの手紙」を読んで

2020.07.16

 感謝をつづった手紙を募集したところ、読者会議メンバー・浅賀峰嗣さん(岐阜県・70代)から両親に宛てた手紙が寄せられました。「父母は、ただただ子どものことを一筋に一生懸命だった」という浅賀峰嗣さんに、俳優の渡辺えりさんも共感。自身の両親も「子どものために働いた一生でした」とメッセージを送ってくださいました。

農作業をする老夫婦

父母へ

 「ありがとう」は普段からよく使う言葉だと思います。お礼や感謝と並ぶ形で言葉や文字で表現されることが多いと思います。対人関係の中で何の抵抗もなく使っていますが、心の底から「ありがとう」の手紙の宛先は、今は亡き父母ではないかと思います。

 振り返ってみれば、一番多くの「ありがとう」は父母であることは間違いないですが、伝えることが最も少なかったのも両親ではないかと思います。生を受けて記憶をたどれる頃からのあれこれを思い起こす時、そばには父母がいました。ある時は強く厳しく、ある時は温かく優しく寄り添ってくれていました。

 常に我が子のことを思いながら、粗末な衣服を身にまとい、朝早くから日が暮れるまで農作業に明け暮れていました。土にまみれ、顔は赤胴色に焼け、冬になると手はあかぎれで血がにじんだりしていました。高齢になるにつれて背中は丸く、腰は曲がり、苦労の跡がにじみ出ていました。決して裕福な家庭でもありませんでした。4人の兄弟ですが、自分のことは脇において、ただただ子どものことを一筋に一生懸命だった。

 学校を卒業してからは実家を離れ、会社に就職し、世間並みというか平均的な暮らしをしながら今日を迎えています。高齢の父母2人だけの生活が長く続き、寂しい思いをすることも多々あったかと思いますが、弱音を吐くことはありませんでした。最後の最後まで子どものことを気遣ってくれていました。このような父母の苦労と生きざまに、ねぎらいの言葉をかけられなかったことが悔やまれます。

 よく聞かれました。尊敬する人は誰ですか、と。答えは常に「両親です」でした。でも、「ありがとう」と言えた記憶はほとんどありません。おとうちゃん、おかあちゃん「苦労ばかりかけてごめんね」「しっかり育ててくれてありがとう」「いつも温かく見守ってくれてありがとう」合掌。
(岐阜県 浅賀峰嗣さん 70代)

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渡辺えりさんからのメッセージ

  • 渡辺えりさん
  •  私の両親も自分たちのためには一切お金を使わず、私と弟に仕送りを続けてくれました。私はあんなに両親が反対した演劇の道に進んだのに、お米や缶詰などの食料品を送り続けてくれた。戦中戦後も散々苦労したのに子どものために働いた一生でした。海外旅行に連れて行ったり、おいしい料理を食べてもらったりと思っても今は介護施設。胸が痛みます。

  • 渡辺 えり(わたなべ・えり)

    劇作家 俳優 演出家

    山形県出身。劇作家・演出家・女優、歌手として各方面で活躍中。2017年4月から朝日新聞生活面の「ひととき」を読んで感じたことをつづる「渡辺えりの心に残るひととき」を連載中。8月5日~9日に、書き下ろし作品を盟友木野花と共同演出する二人芝居「さるすべり~コロナノコロ~」に出演予定(会場:座・高円寺1)。続いて、8/21~23には尾上松也との二人芝居「消えなさいローラ」(会場:本多劇場)を演出、出演。

  • この連載について / ありがとうの手紙

    大切な方への感謝を手紙につづってみませんか?読者会議メンバーに「ありがとうの手紙」の投稿を募集しました。この連載は、俳優の渡辺えりさんが読者から届いた手紙を読み、メッセージを寄稿してもらう企画です。

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