小さく生まれた赤ちゃんにとって、良好な腸内環境を整えることは、感染症など外敵から命を守ることにつながります。そのなかで出生体重が1500g未満の極低出生体重児(脚注1)へのビフィズス菌投与は、なぜ必要なのか。どんな効果が期待できるか。順天堂大学小児科の清水俊明教授に聞きました。

よい腸内フローラ形成しにくい低体重児
-- 新生児集中治療室(NICU)に入る赤ちゃんの特徴や、とくに気を付けなければいけない点はなんですか。
NICUに入る赤ちゃん、とくに早く生まれて体重が少ない赤ちゃんは、体の機能が未熟です。たとえば免疫機能が未熟だと、感染症を起こしやすくなる。消化吸収機能が整わないままだと、十分な成長、発達が望めない。新生児呼吸窮迫症候群(脚注2)や肺炎といった呼吸器の合併症もある。こうした点に気を付けなければなりません。
様々な機能が未熟な中で、腸内フローラの発達が十分ではないことも、低出生体重児にとっての課題です。理想的な腸内フローラは、ビフィズス菌が多く、かつ、様々な種類の菌がいる状態ですが、なかなかその状態にならないのです。
-- 低体重児の腸内フローラが整わないのは、なぜですか。
ひとつは十分な母乳があげられないこと。もともと母乳には、オリゴ糖やラクトフェリンなどビフィズス菌増殖因子がたくさん入っていて、母乳によって腸内環境が良くなっていきます。しかし、赤ちゃんが早く生まれてくると、まだ母乳が出ないような状況で、すぐにはなかなかあげられない。
抗生物質の影響もあります。なんらかの合併症があると投与しなければなりません。しかし、抗生物質の影響は悪玉菌より善玉菌のほうに強くでて、善玉菌のビフィズス菌が増えにくくなってしまうのです。
早産児は帝王切開が多い。通常の出産では、産道でビフィズス菌や乳酸菌など、いい菌をもらって生まれてくるのですが、帝王切開の赤ちゃんは、おなかを切ってすぐ出てくるため、皮膚に多い黄色ブドウ球菌などを取り込むことが多くなってしまいます。
こうした様々な要素が重なって、低出生体重児は、よい腸内フローラを形成しにくい。では、どうしたらいいか。腸内フローラ改善のため、ビフィズス菌など善玉菌そのもの、いわゆるプロバイオティクスをしっかりあげることが必要になってくるわけです。
感染防御・免疫機能の向上 ビフィズス菌で
-- ビフィズス菌の投与で、どんな効果が期待できますか。
基本的には、さきほどあげたような未熟さゆえの健康リスクを少なくすることができます。たとえば感染防御機能であったり、免疫機能であったりを高めていく。ビフィズス菌にはこうした作用があり、重症感染症を減らすという効果が期待できます。
海外では、低出生体重児に特徴的なおなかの病気、新生児壊死(えし)性腸炎(脚注3)の予防になるといわれています。日本では、新生児壊死性腸炎自体が少ないですが、メカニズム的には新生児壊死性腸炎を予防する効果も期待できるでしょう。
もう一つは、ビフィズス菌の投与で、消化吸収機能が正常に発達して、早く点滴を外せるようになることです。口から栄養をとれるようになり、投与しなかった群よりも退院時の体重が多いことが報告されています。

-- もともと赤ちゃんの腸内フローラは、生まれて間もなくビフィズス菌が90パーセント以上になり、それが離乳期まで続くといわれています。
一般の成熟児で母乳栄養のお子さんの腸内フローラは、1週間ぐらいでビフィズス菌が優位になります。しかし私たちの調査では、1500g前後で生まれた低出生体重児は、ビフィズス菌が優位になるまで7週間もかかっていました。
これに対し、低出生体重児にビフィズス菌M-16Vを投与した場合、ビフィズス菌が優位になるまでの期間を3~5週間、短くすることが確認できました。
-- ビフィズス菌M-16Vは、開発した森永乳業が無償提供し、多くのNICUで使われていると聞いています。
健康な赤ちゃんから採取した菌をもとにしているということで、多くの施設が利用しています。順天堂大では、20年近く使っています。5年ほど前、M-16Vの利用施設を対象に実際の使い方などをアンケートしたことがあります。その当時で、利用する施設数は60あまりでしたが、いまではもっと広がっていると思います。こうした製剤は、安全性がとても大切ですが、副作用的なことがほとんどなく、安全に使えることが確かめられていると思います。

-- 赤ちゃんのおなかのビフィズス菌は、どうやって根付くのですか。
生まれた直後の成熟児の口中の菌と、1カ月後の便中の菌を調べてみました。口腔(こうくう)内のビフィズス菌と便中のビフィズス菌がどのように一致するのかをみたのですが、半分ぐらいの症例で、口腔内のビフィズス菌と同じ菌が、生後1カ月の便に出ていました。つまり腸内細菌のビフィズス菌は口から入ったものであろうと思います。
こうした菌の多くは、産道で取り込んだビフィズス菌と考えられます。膣(ちつ)内にはほかにも様々な菌がいて、ビフィズス菌が一番優勢というわけではない。しかし、それが赤ちゃんの口の中に入っておなかに行くと、今度は母乳が、ビフィズス菌のエサを届けてくれる。ここはすみやすいということで、ビフィズス菌が最も優勢な菌になる。とても、うまくできているのです。
炎症性や過敏性の腸疾患、子どもたちにも
-- 乳児だけでなく、小児科でみたとき、腸内フローラとの関係で気になることはありますか。
小児の消化器の病気というのは、じつは、それほど多くありません。ただ最近は潰瘍(かいよう)性大腸炎(脚注4)やクローン病(脚注5)などの炎症性腸疾患が、すごく日本でも増えています。
たとえば潰瘍性大腸炎は、私が医師になったころ、日本ではほとんどみかけない病気でした。それが今は、難病の中では一番多くて、全世界のなかでも日本の患者数はアメリカに次いで2番目です。この潰瘍性大腸炎やクローン病が、同じように小児でも増えています。
あとは過敏性腸症候群(脚注6)、学校に行くとおなかが痛くなる、これも非常に多い。おなかが痛いといって診察を受けにくる子たちのほとんどは過敏性腸症候群の感じで、その中に、ごくまれに炎症性腸疾患が交ざっている。便秘も今、患者数としてはすごく多いですね。
-- クローン病や潰瘍性大腸炎が増えるのは、なぜですか。ストレスなのか、食生活など生活環境が変化しているせいなのか。
そこが分からないところです。ただ、かつて欧米に多くて、いま日本に増えてきたとなると、やはり食べ物や生活習慣など、生活様式の欧米化にともなって、腸内フローラも欧米に近づいてきているのではないか。炎症性腸疾患は腸内細菌との関わりがとても大きな病気ではないかと思います。
新生児との関連でも、低出生体重児のうち、40週で生まれたけれど体内での発育が十分でなかった赤ちゃんは、大人になったとき、糖尿病や高血圧など生活習慣病になることが多く、腸内フローラの乱れが関係しているといわれています。それぞれの病気と腸内フローラとの関係、あるいは健康との関わりなど、腸内フローラのもつ役割は、今後ますます注目を集めるテーマとなっていくでしょう。
【脚注】
1. 低出生体重児
生まれた時の体重が2500g未満の赤ちゃん。このうち1500g未満の子を極低出生体重児、1000g未満の子を超低出生体重児と呼び、新生児集中治療室(NICU)で24時間態勢の治療とケアが必要となる。1500g未満の赤ちゃんは在胎30週未満の場合が多いが、子宮内での成長が遅く、在胎40週で低体重の子もいる。
2. 新生児呼吸窮迫症候群
肺の発達が未熟な新生児がかかる呼吸器疾患。酸素が十分に取り込めず、呼吸が速く浅くなったり、皮膚が青みがかるチアノーゼ症状がでたりする。治療には肺の膨らみを促す薬剤を用い、人工呼吸器や酸素吸入で呼吸を安定させる。
3. 新生児壊死性腸炎
低出生体重児にみられる腸が壊死する疾患。出生時体重が1500g未満で、腸の免疫や腸内フローラが未熟な生後30日未満の赤ちゃんの発病リスクが高いとされる。原因は完全にはわかっていないが、母乳栄養に比べて人工栄養に多く、腸の血流障害や細菌感染が原因で起きると考えられている。
4. 潰瘍性大腸炎
大腸の粘膜(最も内側の層)にびらんや潰瘍ができる炎症性の腸疾患。下血を伴う下痢や腹痛の頻発が特徴。病変は直腸から連続的に広がる性質があり、最大で結腸全体に広がる。原因不明の難病だが、腸内細菌の関与や本来は外敵から身を守る自己免疫反応の異常、食生活の変化の関与などが考えられている。
5. クローン病
炎症性腸疾患のひとつで、主に小腸や大腸などの消化管に炎症が起き、びらんや潰瘍ができる慢性疾患。腹痛や下痢、血便、体重減少などが起きる。病変は不連続。10歳代~20歳代の若者に多い。遺伝的な要因説、細菌・ウイルス感染説などがあるが、原因は特定できていない。
6. 過敏性腸症候群
腫瘍(しゅよう)や炎症などがないのに、便秘や下痢などの便通異常や腹痛が数カ月以上続く、腸管の機能障害疾患。ストレスによる自律神経の乱れなどとの関連が指摘されている。下痢型/便秘型/交代型(下痢と便秘が交代で現れる)があり、下痢型は男性、便秘型は女性に多い。
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この連載について / 大腸最前線
大腸にすむ腸内細菌は、検査法の飛躍的な進歩などにより、私たちの健康増進に役立つさまざまな働きが明らかになってきました。腸内細菌を活用した最新の治療例や、医療現場の動向などを、分かりやすくご紹介します。
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