<連載> 映画に学ぶ「残された時間の歩き方」

あえて地位を捨て、実務家として生きる人生の美学

映画「グランドフィナーレ」を見て考える 引き際の見極め方

2021.01.15

 人生における残された時間を考えたときに、最も難しいのが引き際の見極めかもしれません。自分のやりたい仕事をしている人にとっては、なおさらです。とりわけ芸術家なら、内側から湧き出る表現したいという欲求に、年齢とは関係なく突き動かされるでしょう。また、自身の才能の枯渇という現実にも、向き合わなくてはならない時があるはずです。今回は人材コンサルタントの田中和彦さんと「グランドフィナーレ」という映画を素材に、引き際の見極め方について考えます。

 「グランドフィナーレ」(2015年)は、引き際という観点から、2人の対照的な芸術家を描いています。
 世界的にも有名な指揮者フレッド(マイケル・ケイン)は、根っからの頑固者。英国女王から依頼された演奏会も、「自分の人生の仕事は終わった。もう引退したんだ」と、あっさり断ります。親友のミック(ハーヴェイ・カイテル)は映画監督。まだまだ新作製作への意欲を失ってはいません。引き際に対して正反対の考えを持つ2人が、スイス・アルプスの高級リゾート地での静養中に起こるさまざまな出来事から、改めて人生最後の生き方について問われるという物語です。

映画「グランドフィナーレ」劇中写真1
© 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4

 税理士のTさん(72)も、ここ数年、自身の引き際について悩み抜いてきました。
 自身の名前のついた会計事務所は、20歳年下の税理士が経営する税理士法人と合併させました。2年前のことです。共同代表を2年務めましたが、去年11月に退任しました。従業員の行く末や、顧客のことを考えた結果、若い世代に事務所を託すのが良いと考えたのです。
 周囲からは、見事な引き際だと言われたそうです。でも本人は「正直、土壇場まで迷いがあったんですよ。やっぱり自分が立ち上げた事務所ですからね」と、決断に至る経緯を話してくれました。

 Tさんが会計事務所を開設したのは、37年前。税理士の資格を得たのを機に、それまで勤めていた会計事務所の所長から独立を勧められたのでした。最初は、パートの電話番の女性と2人だけで、小さくスタート。天職ともいえる税理士の仕事がとにかく好きで「好きなことをしてご飯が食べられるんですから、これ以上の幸せはない」と、仕事一筋に打ち込んできました。
 そのおかげか、事務所は順調に成長し、個人事務所ながら従業員が10人を超えるなど、それなりの規模になったのです。それでも、経営者然とすることなく、好きな実務を自ら担当。全員参加型の経営方針でやってきました。還暦を過ぎても、頭にも身体にも衰えを感じることなく、若い頃と同じように前だけを見て全力で走ってきました。
 転機を意識したのは、69歳の時です。今後を考えさせられる出来事が、なぜか立て続けに起きました。
 その年、事務所は過去最高の売り上げと利益を上げていました。仕事内容も充実し、年末には従業員に特別ボーナスも出しました。大きな達成感にひたりながらも、一方で「もしかしたら、これがピークなのかもしれない・・・」という思いが、頭をよぎったのです。
 Tさんは、全国組織の異業種交流会で、長きにわたり役員を務めていました。そこで「そろそろ後進に道を譲るタイミングだ」と役員を退任したのも、その年でした。
 紹介された顧客については、かつてなら、そのまま引き受けることがほぼ決まっていました。ところが最近、面談すると「いつまで仕事を続けられるおつもりですか?」と尋ねられることが増え、いわゆる成約率が少し下がってきたのです。Tさんの年齢を気にする顧客が出てきたのは、間違いありません。

 趣味の山歩きの会で、大手企業の取締役を引退した同年配の人に「今でもフルタイムで働いている」と、内心誇らしげに言ったことがありました。うらやましがられるのかと思いきや「それはお気の毒に・・・」と、心底同情されてしまったことも、ボディーブローのように響いていました。
 同年代の税理士の仲間の中には、徐々に仕事を減らしながらも、細々と続ける人も少なくありません。しかし「下り坂をダラダラと歩むのは性に合ってない」と思い「やっぱり攻め続けた末に辞めるのが自分らしい」と考えて、今回の身の処し方を決断していたのです。
 今後は、趣味の山歩きで百名山の踏破にでも挑戦するのかと思っていました。ところがTさんは「完全リタイアではなく、これからも非常勤の顧問として実務を担当します」とのことでした。やっぱり趣味よりも仕事が好きなのだそうです。本人は「週3回くらい」とは言っていますが、繁忙期にはフルタイムで働きそうな勢いでした。好きな仕事だからこそ、経営から身を引き、実務担当者への転身も可能だったのでしょう。改めて、素敵な引き際の美学だと思いました。

映画「グランドフィナーレ」劇中写真2
© 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4

 映画「グランドフィナーレ」では、次回作の構想に意欲的だったミックのもとに、女優であるブレンダ(ジェーン・フォンダ)が現れ、出演の辞退を宣言します。ミックの才能の枯渇が、理由だと言うのです。一方、音楽以外に自分の生きる道はないと思い知らされたフレッドは、指揮を断ってきた本当の理由を明かして、自作の演奏に応じる決心をします。対照的な2人の芸術家の運命はどうなるのか・・・。結末は、ぜひ映画で確認していただければと思います。

今回登場した映画について

  • 映画「グランドフィナーレ」ジャケ写 © 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4
  • 「グランドフィナーレ」(2015年 イタリア、フランス、スイス、イギリス)
    © 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4
    Blu-ray : ¥2,000+税 
    DVD : ¥1,143+税
    発売・販売元:ギャガ株式会社

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  • 田中和彦
  • 田中 和彦(たなか・かずひこ)

    人材コンサルタント/プロデューサー/(株)プラネットファイブ代表取締役

    1958年、大分県生まれ。一橋大社会学部卒業後、リクルートに入社。「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」など4情報誌の編集長を歴任。その後、映画配給会社ギャガで映画プロデューサー、キネマ旬報社・代表取締役を経て、現職。キャリアデザイン研修、管理職研修などの講師や講演は、年間100回以上。著書に、『「定年サバイバル時代」の働き方ルール』(朝日新聞出版社)、『50歳から男振りを上げる人』、『42歳からのルール』(明日香出版社)、『仕事で眠れぬ夜に勇気をくれた言葉』(WAVE出版)など多数。

  • この連載について / 映画に学ぶ「残された時間の歩き方」

    映画はこれまで、実に様々な人生を描いてきました。映画の数だけ、違った人生の形があるとも言えます。人生100年時代。第二の人生を、いかに充実したものにしていくか。そんな「残された時間の歩き方」のヒントを、古今東西の映画をお手本にしながら考え、お届けする連載です。

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