<連載> 私のReライフ

空洞の器を広げれば、思いがけないものが飛び込んでくる

松重豊さんスペシャルインタビュー(下)

2021.01.18

 初の著書「空洞のなかみ」を出版、小説家デビューを果たした俳優の松重豊さん。著書のタイトルにも通じる「空っぽの状態でいたい」という俳優論、人生のターニングポイントになった出来事、そして素顔の松重さんとは。

松重豊さん3-4

「ローリングストーン」転がり続けたい

――人生後半のターニングポイントはありますか。

 50歳前に出会ったドラマ「孤独のグルメ」ですね。このドラマで世間に認知されるようになった。今回、本を書いたりSNSを始めたり、違う表現方法に挑戦したのも、これまで多くのチャンスをいただけたことへの恩返しのようなものです。また、2020年はあらゆる意味で大きな転機でした。漢字1文字で表すなら「転」。ローリングストーンという意味で、転がり続けないといけないということを否(いや)が応でも思い知らされました。

――置かれた状況を受け入れて演じる。小説の主人公は、松重さん自身でしょうか。 

 たぶん僕の演じ方なんじゃないかな。自我を排除して空っぽの状態でいて、与えられた役に応じて「空洞の器」からいろいろなものを出し入れする。俳優という仕事はどこにも回答がないわけで、人それぞれいろんな答えを持っています。これが正解だと思うのはおこがましい。何も考えずにただその台詞(せりふ)を言う、空っぽの状態が僕は居やすいんです。

松重豊さん3-2

演技も小説も考えると噓っぽくなる

――ハードボイルドからコメディーまで、振り幅が広いです。

 役をやるために、体重を何キロ落とした、歯を抜いた、山にこもったという人がいるけれど、僕はそんなことはしない。お客さんに想像させればいいわけだから。自分が何をしてきたかは何の糧にもならない。ただ反応する。相手が言ったことに対して覚えている台詞があって、その言葉が出るという反応。次の台詞を少し早く言おうと思った時点で違う間になってしまう。何も考えないようにすると、人が生きている呼吸で反応できる。それが俳優として一番いい準備なんじゃないかな。それが空洞、空っぽの状態です。

――そういう境地になったのはいつからでしょうか。

 40代前半、自分の中で答えが出なくて、いろいろな模索をしていました。舞台からテレビや映画の世界に来て、自分が見えなくなっていた。ここから先、俳優としてどう生きていけばいいのか。発注に素直に答えるだけで、未来はあるのか。世間のイメージとは違うという信号を発しておかないと、次の仕事がこないかもしれない。

 小説に出てきますが、実際に京都の撮影所と東京を行ったり来たりで東京に帰れず、何もすることがなくて、広隆寺に行きました。その時期が一番苦しかった。弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)の前に座って何をするでもなく、閉門まで過ごしました。自我を排した空っぽの状態。演じるって、たぶんこういうことかもしれないという答え合わせを今回、小説の中でやったような気がします。

――演じることと小説を書くこと、違いはありましたか。 

 空っぽの器があって、そこからいろいろなものを出し入れするのは同じです。小説は、無意識の中からこれまで経験してきたけれども忘れてしまっている澱(おり)のようなものを引っ張り出して紡いでいくと、自然と物語ができるという感じ。空っぽのようでいても潜在意識の中にはある。そこが面白い。作為的に何かをやろうとすると嘘(うそ)臭くなります。

松重豊さん3-1

好きなことを自由にやるのが一番の幸せ

――年を重ねたことでプラスになったことはありますか。

 白髪になったことですかね(笑)。役によっては黒い髪にしますが、白髪に黒のスプレーをするだけで、簡単に黒髪になります。逆に黒髪を白のスプレーで白髪にすると、白々しくて違和感がある。ちょっと黒を足すとか、白を多めにするとかで、時間経過が表現できる。ジジイになって、役の幅が広がったと思います。

 プライベートでは子育てが終わって、女房と2人の生活になって、本当に楽しいですね。責任を負っていないから、身軽で思い切ったことができます。しかも、ときには息子、娘の助言を受けて、自分が見ている景色とは違うところに連れて行ってもらうこともできる。それはもう、早く子育てが終わった分、特権として享受しています。

――これから先、どうありたいとお考えですか。

 どうありたいと意識する時間がもったいないですね。それよりも、目先の空いた時間をどう有効に埋めていったら面白くなるかということに専念していたいです。

 2年前に酒はやめたし、タバコも吸わない、夜更かしせずに眠る、犬を飼っているので朝は散歩に行く。健全な肉体に健全な魂が宿ると言いますが、万全な状態でいろんなことを考えられるようにしたいです。

――同世代の方へメッセージをお願いします。 

 この年齢になってくると、だんだん自分が認められること、分かることしか受け入れられなくなっていきます。僕は受け皿をもっと広げていかないといけないと思っています。空洞の器を際限なく広げていくことで、思いもしない何かが飛び込んでくるかもしれません。自分の中に溜(た)まったものを確認するのではなく、毎回空っぽにして、次に入ってくるものを待つ。でも、潜在意識、無意識の中にはちゃんと蓄積されているんです。

 人生後半、楽しいことは山ほどあります。体が動かなくても、お金がなくても、書いたり、描いたりはできる。次のステップへ踏み出すのは自分。自分でつくるしかありません。

(聞き手・松田智子、撮影・伊藤菜々子)

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  • 松重 豊
  • 松重 豊(まつしげ・ゆたか)

    俳優

    1963年生まれ、福岡県出身。明治大学文学部在学中より芝居を始め、1986蜷川スタジオに入団。2007年に映画「しゃべれども しゃべれども」で第62回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。2012年「孤独のグルメ」でドラマ初主演。2019年「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」で映画初主演。2020年放送のミニドラマ「きょうの猫村さん」で猫村ねこを演じて話題に。「深夜の音楽食堂」(FMヨコハマ)ではラジオ・パーソナリティもつとめる。2021年は人気ドラマ「バイプレイヤーズ」に出演、春には映画も公開される。

  • この連載について / 私のReライフ

    第二の人生を自分らしく充実した時間を過ごしている方々をご紹介します。地域ボランティアや趣味の活動、介護や終活、仕事探し、終の住まい選びやリフォーム体験談など、Reライフ読者会議メンバーから届いた活動リポートのほか、第二の人生で新たな挑戦に取り込む著名人にもインタビュー。

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