<連載> 大腸最前線

腸内細菌の活用で、がんを薬で治せる時代がやってくる

がんの治療と腸内細菌(下) 昭和大学・角田卓也教授に聞く

2021.03.05

 最先端のがん治療と腸内細菌との密接な関係がわかったのは、ほんの5年前のこと。新たな発見に刺激され、がん治療はどう変わっていくのでしょうか。「昭和大学Uバンク(便バンク)」プロジェクトを立ち上げた昭和大学医学部教授の角田卓也さんに、目指す未来像などについて、聞きました。

昭和大学・角田卓也教授
昭和大学医学部教授の角田卓也さん(撮影・篠田英美)

米科学誌の論文に「目からウロコがおちた」

――腸内細菌とがん免疫療法の関わりについて、興味をもたれたのはなぜですか?

 もともと私自身は30年以上、がん免疫療法の研究・開発にたずさわってきました。そのなかで開発したがんワクチン療法の大規模な臨床試験をするために、ベンチャー企業を立ち上げたこともあります。そこでは、膵(すい)がんの患者さんに対して、抗がん剤と免疫強化ワクチンの効果を比較する試験などをしました。

 残念ながら結果として生存曲線に差は出ませんでした。しかし、ワクチンを打った人のうち、1割ほどの人は注射した部分の皮膚が潰瘍(かいよう)になるほど赤くなり、こうした強い反応が出た人は、反応が出なかった人の倍くらい長く生きられていた。一方、偽薬(ワクチンの成分がない)群ではこうした傾向はありませんでした。つまり、がん免疫療法は、全員に効くのではなく、効くタイプの人と効かないタイプの人がいるのです。

 当初は遺伝子の違いではないかと考えましたが、マウスの実験結果などから考えると、そうではない。となると、環境ではないか。そう考えていたときにがん免疫療法と腸内細菌の関係を証明する二つの論文が2015年、『サイエンス』誌で発表され(がんの治療と腸内細菌・上を参照)、目からウロコが落ちるようでした。直ちに、昭和大学Uバンク(便バンク)を立ち上げる準備にとりかかったのです。

3年生きたら、5年後も10年後も生存できる

――2014年に免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボが承認され、第4の治療法として注目されています。どのような点がすぐれているのでしょうか。

 がんの薬物療法といえば長らく抗がん剤が主流でした。複数の抗がん剤を併用するなどして、延命はできましたが、副作用が強いという難点がありました。2000年代に登場した分子標的薬は、がん細胞のみにある特定の分子だけを標的にするため、効果的に攻撃でき、正常な細胞へのダメージを低く抑えることができる薬です。ただ、がんを抑える抗腫瘍(しゅよう)効果はすぐれていますが、長期的にみると抗がん剤と同様に生命曲線は右肩下がりとなり、生存率はゼロへと近づいていってしまいます。

 一方、免疫チェックポイント阻害剤では、効果が出て3年生きられると5年後も10年後も生存していられる。つまり3年経過したあと、生命曲線は下がらず、ゼロになりません。この生存曲線がカンガルーのしっぽに似ていることから「カンガルーテール現象」と呼ばれています。こうした現象を示すがんの薬はがん免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤など)だけです。

カンガルーテール現象とがん治療

変化は免疫システムに すべてのがんに効く可能性

 がん免疫療法は、がんそのものに効くわけではなく、患者さんの免疫システムを変える治療法です。つまり、がんの種類に関わらず、すべてのがん患者さんに効く可能性がある。がん免疫療法では、いま1千種類以上の臨床試験が進行していて、多くが最終段階に入っています。免疫チェックポイント阻害剤と抗がん剤や分子標的薬を組み合わせた併用療法などが、今後次々と承認されていくでしょう。

 ただ、免疫チェックポイント阻害剤の種類や併用療法が増えたとしても、それだけで、すべてのがん患者さんを治すことはできないと思います。やはり患者さん本人の体質、つまり腸内細菌を変える必要があります。腸内細菌をがん免疫療法に生かせれば、がんを薬で治せる時代がやってくる。がんは糖尿病や高血圧と同じように、慢性疾患になりつつあると思っています。

――腸内細菌を免疫療法に生かすために「昭和大学Uバンク(便バンク)」を設立されました。患者から集めた腸内細菌のデータをどのように活用していくのですか?

 同意していただいた患者さんに大腸がんの便潜血検査の際に使用するような検便キットをお渡しし、集めた便から腸内細菌を解析します。わたしたちの強みは、腸内細菌のデータと患者さんの病歴や食生活など臨床データや、手術で摘出したがん組織などのデータを照合できること。がん免疫療法が効く人と効かない人の腸内細菌がどう違うのか、どの腸内細菌ががん免疫療法の効果を高めるのかをあぶりだし、エビデンスを確立しようとしています。

治療法の効果を予測、よい腸内環境づくりも

 腸内細菌を調べることで、まずは事前にがん免疫療法が効くかどうかの予測マーカーになると考えています。最終的には腸内細菌を効く腸内細菌に変更する治療や腸内細菌の種類を増やすサプリメントの開発などに結びつけたいと思っています。

昭和大学医学部教授の角田卓也さん

 Uバンクは昭和大学の関係病院をはじめ約20施設との共同研究であり、免疫療法を受けている患者さんの腸内細菌のデータは、現在100例ほどになっています。免疫療法を受けていない患者さんも含めると、数千人分の腸内細菌のデータが集まっています。がんだけではなく、精神疾患や不妊などほかの病気の研究にも役立てたいと考えています。

ビフィズス菌など多様な細菌、食物繊維で育てる

――角田さん自身は研究だけではなく、腫瘍内科医として、がん患者の治療もされています。免疫チェックポイント阻害剤を使用する患者さんには、腸内細菌に関してどのようなアドバイスをされていますか?

 多様な腸内細菌をもっている人ほど、がん免疫療法が効きやすいという話はお伝えしています。そして有用菌であるビフィズス菌をはじめとする多様な腸内細菌を増やすためにいろいろな野菜をたくさん食べて、食物繊維を多く摂取するようにアドバイスしています。「日本人の食事摂取基準2020」では、食物繊維を男性は1日当たり21グラム、女性は18グラム以上とることが推奨されていますが、実際の摂取量の平均値は約15グラム(成人)にとどまっています。

 免疫チェックポイント阻害剤を使用する前に、抗生物質を服用した人は、経過が悪いというデータがあります。抗生物質が必要な症状もありますが、抗生物質は腸内細菌の種類を減らしてしまうので、免疫療法をおこなう患者さんには、極力使用しないようにしています。

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  • 角田 卓也
  • 角田 卓也(つのだ・たくや)

    昭和大学医学部教授

    1987年和歌山県立医科大学卒業。米シティー・オブ・ホープがん研究所に留学。東京大学医科学研究所准教授などを経て2010年がんワクチン開発のバイオベンチャー社長に就任。16年昭和大学臨床免疫腫瘍学講座の教授。現在は内科学講座の腫瘍内科部門主任教授。

  • この連載について / 大腸最前線

    大腸にすむ腸内細菌は、検査法の飛躍的な進歩などにより、私たちの健康増進に役立つさまざまな働きが明らかになってきました。腸内細菌を活用した最新の治療例や、医療現場の動向などを、分かりやすくご紹介します。

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