「名前が出てこない」は心配いらない? 専門医に聞く原因と改善法

人生100年時代を生きるキーワード・名前が出てこない

2021.03.31
名前が出てこないイメージ

 「あの人、誰だったかな? 」。以前話したはずなのに、名前が出てこないという経験は誰にでもあるでしょう。年齢を重ねたのだから仕方がないと思いつつも、「もしかしたら認知症の始まりなのかな」と不安になることがあると思います。ここでは「名前が出てこない」その原因や改善法、認知症による物忘れの症状を説明します。

<目次>

名前が出てこなくなるのはなぜ? 記憶のメカニズムを知ろう

 名前が出てこないなど記憶に関する現象には、いわゆる「度忘れ」や「老化による生理現象」などさまざまな原因がありますが、なかには認知症による「病的な物忘れ」も考えられます。老化などによる生理現象としてのもの忘れは、たとえば「昨日の晩ご飯を食べたことは覚えているけど、メニューまでは全部思い出せない」など物事の一部分を忘れてしまうような現象をいいます。一方、認知症によるもの忘れは「晩ご飯を食べたこと自体を忘れてしまう」ような、そのエピソード全体を忘れてしまう状態をいいます。あなたの物忘れの原因がどちらに当てはまるのかを、記憶のメカニズムについて簡単に説明します。

記憶は三つのステップからなる

記憶は三つのステップから

 「記憶」は、まず視覚や聴覚から得た情報を脳が受け取ること(記銘)から始まります。その後、記銘した情報を忘れないように保ち(保持) 、必要に応じてその情報を呼び起こす(想起)という三つのステップからなります。老化によって「名前が出てこない」ことが起こる場合、この第3ステップの「呼び出す」という機能が低下することで生じる現象です。

短期(即時)記憶と長期(近時・遠隔)記憶

短期(即時)記憶と長期(近時・遠隔)記憶

 それでは、この記憶3ステップがどこで、どのように保たれていくのかを短期(即時)記憶と長期(近時・遠隔)記憶に分けてみていきましょう。

 短期(即時)記憶とは、受け取った情報が、脳の中心部に位置する「海馬」に一時的に保管されて、数十秒から数分程度残る記憶です。一方で長期(近時・遠隔)記憶とは、一時保管された情報が、「意味があるもの」「イメージしやすいもの」といった形になる時に大脳皮質へ送られ、深く脳内に刻まれた記憶のことをいいます。近時記憶なら数分・数時間から数カ月の記憶として保管され、遠隔記憶は数年・数十年前の記憶のことをいいます。

 一時保管された情報を体系化して保存する作用が正常に働かないと「名前が出てこない」という症状として表れることがあるのです。それでは、症状や改善策について詳しくみていきましょう。

原因が即時記憶・近時記憶の消去・記憶力低下なら心配ない

 次に紹介する症状であれば、誰にでも起こり得る生理現象の一つなので、名前が出てこない程度なら心配はありません。一時的に記憶された情報を脳が判断し不必要なものは消去されます。

  • ・その場では出てこなかったが、後日に突然思い出す、または人に教えてもらえば思い出せる
  • ・過去に体験した細かい内容を忘れているが、体験自体は覚えている
  • ・約束の内容を忘れているが、約束をしたこと自体は覚えている
  • ・鍵をしまった場所は思い出せないが、鍵をしまったことは覚えている

 このように即時記憶・近時記憶の消去や記憶力低下でみられる症状の特徴は、名前や体験をすべて忘れてしまうわけではなく、忘れている自覚があって、あとで思い出すことがあったり、人から聞くと思い出せたりするのです。

即時記憶消去の原因と改善のヒント

 名前を短期(即時)記憶としてしか覚えていない場合は、誰でも数十秒から数分間しか覚えていられないため、名前が出てこなくても心配する必要はないでしょう。それではなぜ短期(即時)記憶が消去されるのでしょうか。その原因や長期(近時・遠隔)記憶へと保存するためのヒントを紹介します。

ワーキングメモリ不足

・原因
 ワーキングメモリとは何らかの行動を起こすために一時的に情報を蓄えて記憶し、処理をする能力のことです。このワーキングメモリには個人差がありますが、たとえばランダムな数字であれば5〜9個程度を短時間に覚えていられるくらいの能力です。そのため、人の名前を覚えたと思ってもそのあとの会話で新しい情報が入ってくると、名前の情報は保持できないことがあります。 

・改善のヒント
 忘れないようにするには、ワーキングメモリに情報がとどまっているうちに、繰り返し覚え直すと記憶が強化されるといわれています。このときに単語の覚え直しだけでなく、その人の外見や会話内容などと関連付けると覚えやすく、記憶を引き出しやすいといわれています。

度忘れ

・原因
 よく知っているはずの人の名前が出てこない場合があります。これは年を重ねることで思い出す力(記憶力)が衰えたからと考えられます。たとえば、「よく知っているはずの物事をふと忘れてしまい、すぐには思い出すことができない」といったことが度忘れに当てはまります。

・改善のヒント
 度忘れの改善には、昨日のことを思い出しながら朝に日記をつけるなど、意識的に記憶を呼び起こす(想起)習慣を日常的に取り入れてみる。それでも度忘れが無くなるとは限りません。思い出せない時は、一度考えるのをやめて、後で改めて考えてみましょう。意外にこれが一番早いこともあります。

脳の過労(調節機能の低下) 学術用語にはありません。

・原因
脳が疲労し、不健康な状態を脳過労ということがあります。長時間仕事でパソコンやスマホを使うことで、脳に過剰な情報が詰め込まれると情報処理が追いつかず、「脳がオーバーワークしている状態」、つまり脳過労となります。

・改善のヒント
 気分転換の散歩やスクワットなど筋トレがいいでしょう。甘いものをちょっとつまむのも一時しのぎにはなるかもしれません。
 睡眠不足で脳が疲れている状態では、情報処理・伝達が十分に機能せず記憶力も低下しています。しっかり睡眠をとって、脳をフレッシュな状態にして日中過ごすようにしましょう。

なかには認知症が疑われる物忘れの症状もある

 「生理現象による物忘れ」は気にしなくてもよいですが、なかには認知症が疑われるケースが含まれる場合があります。名前が出てこないとき、以下の症状を感じることがないか、確認してみてください。

正常なもの忘れ 認知症によるもの忘れ
もの忘れの範囲 出来事の一部を忘れてしまう
(例:何を食べたのかが思い出せない)
出来事などのすべてを忘れる
(例:食べたこと自体を忘れてしまう)
自覚 もの忘れに気がつき、思い出そうとする もの忘れをしたことに気づかない
学習能力 新しいことを覚えられる 新しいことが覚えられない
日常生活 特に支障がなく過ごせる 生活に支障をきたす
幻想・妄想 ない 感じる、起こることがある
人格 変化はない 変化する(暴言や暴力をふるう、怒りやすくなる、無関心になるなど)

※朝田隆著:「家族が認知症と診断されたら読む本」日東書院p.33より改変

症状

 認知症の初期症状としての記憶障害だけでなく、その他の症状があるのでご紹介します。

  • ・よく知っている人の名前が出てこないだけでなく、名前を覚えても思い出せない
  • ・過去の体験を忘れてしまう。体験したこと自体を忘れている
  • ・約束したこと自体を忘れてしまう。相手から約束の内容を聞いても思い出せない
  • ・外出したが、自宅までの帰り道を忘れてしまう
  • ・食事をしたこと自体を忘れてしまう

 認知症の物忘れの特徴は、過去の経験の一部ではなく全部を忘れることで、日常生活に支障をきたしている状態といえます。

原因

 認知症は、何かの病気がきっかけで脳の神経細胞が壊れることで起こり得る症状や状態をいいます。認知症の原因疾患はさまざまですが、代表的な病気について紹介します。

アルツハイマー病:
 認知症の半数以上はアルツハイマー型認知症であり最も多い認知症です。ときに「アルツハイマー病と認知症は同じですか」という質問がありますが、それは違います。その質問の背景には、認知症の原因疾患の最多数がアルツハイマー病だということがあると思われます。なお、アルツハイマー病では脳細胞に異常なたんぱく質アミロイドβが溜(た)まっていく過程で、神経細胞が死滅していくことで脳が萎縮すると考えられています。しかし、原因となる異常なたんぱく質が脳に蓄積する原因については、まだはっきりしていません。
 また、脳の血流が低下するのは有名ですが、これは脳の血管が詰まるのではなく、送り届けている先の神経細胞が死滅するため、血液を送り届けることができなくなるからです。 

血管性認知症:
 脳梗塞(こうそく)や脳出血などの脳血管疾患を起こした人に多く発症します。脳の一部に血液が流れなくなってしまうと、その部分の脳機能が失われて、物忘れをはじめ、さまざまな症状が表れます。脳血管性認知症の危険因子として、高血圧や糖尿病、狭心症や心筋梗塞など心疾患が知られています。

レビー小体型認知症:
 アルツハイマー病は、脳血管性認知症、このレビー小体型認知症、そして前頭側頭型認知症を合わせて4大認知症と呼ばれることがあります。第3の認知症とも言うべきこの病気は、レビー小体という異常なたんぱく質が、大脳皮質のさまざまな脳の部位に溜まることで発症します。物忘れに加えて、幻視、パーキンソン症候、寝ぼけや寝言など特徴的な症状が表れます。レビー小体が生まれる原因もまだわかっていませんが、従来はアルツハイマー病と診断されていたケースの中にこの疾患が多いと注目されています。

認知症になりにくい生活習慣

・他人との交流=社会性
 他人とコミュニケーションをとると、脳が刺激されて活発に働くようになると考えられています。家族との会話を多くしたり、外出して同じ趣味を持つ仲間と交流したりする機会をできるだけつくりましょう。

・知的活動の習慣
 知的活動の習慣は、楽器を弾く、ゲームをする、本を読んだり文章を書いたり、料理をしたりすることです。やり方次第で、頭を使うこれらの行動は脳のさまざまな機能を活性化できるといわれています。そのためには、これまでやったことのない分野に新たに挑戦することです。また楽しめることが大切なので、興味があることからチャレンジしてみましょう。

・栄養バランスのとれた食生活
 よく「何を食べるとボケないのか」という質問がありますが、残念ながらそのような単品での食品はありません。まずは、栄養バランスのとれた規則正しい食生活を送ることが大切です。栄養バランスの合言葉「まごたちはやさしい」を意識して以下の食材を取るようにしましょう。

  • 「ま(豆類)」=納豆・小豆・黒豆・グリーンピース・油揚げなど
    大豆から作られた豆腐や納豆などは、たんぱく質、ビタミン、食物繊維が豊富。
  • 「ご(ごま)」=ごま・くるみ・栗・ぎんなん・松の実など
    たんぱく質、食物繊維、カルシウム、ミネラルがいっぱい。
  • 「た(卵)」=卵・肉類など
    食事から取らなければならない必須アミノ酸がバランスよく含まれた良質なたんぱく質源。
  • 「ち(チーズなど乳製品)」=チーズ・乳製品など
    たんぱく質、カルシウムを筆頭にミネラルたっぷり。
  • 「は(わ)(わかめなど海藻類)」=わかめ・ひじき・のり・昆布・もずくなど
    ビタミン、ミネラル、食物繊維の宝庫。
  • 「や(野菜)」=緑黄色野菜・淡色野菜・根菜類など
    ビタミン、ミネラル、食物繊維が多い。
  • 「さ(魚)」=あじ・いわし・あさり・さば・鮭(さけ)・まぐろ・たこ・えび・牡蠣(かき)・しじみなど
    たんぱく質、鉄分の摂取に優れる主菜。
  • 「し(しいたけなどキノコ類)」=まいたけ・しいたけ・えのき・なめこなど
    ビタミン(とくにD)、食物繊維あふれる脇役。
  • 「い(いも類)」=さつまいも・じゃがいも・こんにゃくなど
    炭水化物が多いと思われがちですが、繊維分の多さが重要で、ビタミンCや食物繊維も豊富。

名前が出てこない原因は他にもある(高次脳機能障害)

 その他の原因として高次脳機能障害が考えられます。脳卒中や、交通事故などで脳に強い衝撃を受けることにより起こる障害です。高次脳機能障害の症状や治療について解説します。

症状

記憶障害:
 過去の出来事が思い出せない、新しいことが覚えられない状態。ケースによっては、記憶にある部分だけを「おそらくこうだったのだろう」とつなぐので過去の作り話(作話:さくわ)になってしまうこともある。

失語症:
 言葉が出てこない、言い間違いが多くなる、言葉の意味がわからなくなってしまう状態。

社会的行動障害:
 感情をコントロールできない、なにもする意欲がない、話の話題転換に対応できないなど社会生活に影響が出ている状態。

注意障害:
 ものごとに集中できない、同時に複数の注意が払えない、状況に気づけないなどの状態。

失行:
 手足は動くのに、道具が正しく使えない、服がきちんと着られないなどの状態。

遂行機能の障害:
 将来の予定や目標を段階的にこなせない、物事の手順がわからないなどの症状が表れている状態。

医療機関への受診・治療

 脳に大きな衝撃やダメージを受けてから時間が経つと回復しにくくなるといわれているため、できるだけ早く専門家の助けを借りてリハビリをすることが大切です。

原因を知って不安のない生活を送ろう

 これまでに述べたように、名前が出てこない「もの忘れ」にも色々あります。まずは自分の状態を理解しましょう。それで安心できない場合は、かかりつけの医師へ相談をするなどして、なるべく早く医療機関で受診して適切な診断を受けましょう。より具体的に診断をされたい時は、「認知症専門医」「もの忘れ外来」といったキーワードに、自身のお住まいの「地域名」を加えて検索をすることで、しかるべき医療機関が見つかります。また、「認知症疾患医療センター」で探してみてもよいかもしれません。

 老化などによる生理現象が原因ならそれほど心配することはありません。名前が出てこないのは、今は思い出せないだけだと割り切って、適度にリフレッシュしながら生活を送るようにしましょう。

(取材・文 原幸代)

監修:朝田隆

  • 朝田隆
  • 朝田 隆(あさだ・たかし)

    東京医科歯科大学客員教授 メモリークリニックお茶の水理事長 筑波大学名誉教授

    1955年生まれ。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科、山梨医科大学精神神経科、国立精神神経センター武蔵野病院を経て、2001年筑波大学臨床医学系精神医学教授、2015年筑波大学名誉教授、東京医科歯科大学客員教授、メモリークリニックお茶の水院長。アルツハイマー病を中心に認知症疾患の基礎と臨床に携わり、脳機能画像診断の第一人者。数々の認知症実態調査に関わり、認知症発症前の軽度認知障害のうちに、治療・予防を始めることを強く推奨。『認知症グレーゾーン』(青春出版社)ほか、著書多数。

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