「嫁のタダ働き」が「労働」に 介護保険20年の意義を上野千鶴子さんが解説

「在宅ひとり死のススメ」(中)

2021.04.21

 社会学者の上野千鶴子さんは近著『在宅ひとり死のススメ』の中で、介護保険制度が日本社会に与えた影響を語っています。「嫁のタダ働き」だった介護が、対価が発生する「労働」に変わったことは、20年の大きな変化だと指摘します。

書類を確認するシニア男性とヘルパー

草の根の女性たちを追って介護研究へ

 介護保険制度が導入されたのは2000年。女性学の専門家である上野さんは、その1年前に介護の研究を始めたという。その理由を、「草の根の活動をしている女性たちを応援してきて、当時、生協の助け合いボランティアなどが介護保険の認定事業になるかどうかの境目でした。こんな制度は歴史上日本にはありませんでした。この歴史の転換点を、現場の人たちがどう乗り越えていくのかに関心がありました」と振り返る。

 それから20年間、介護現場を歩き続けた。「日本の介護は、福祉先進国に比べれば、お金とマンパワーは絶対的に少ない。しかし、ケアの質は世界に誇れる。やってきたことに自信を持っていい」と評価する。

介護は「タダ」ではない

 「私以外の論者がめったに指摘しないことがあります」と上野さんは続ける。「この20年間で、『介護はタダではない』という常識が定着したことは、ものすごく大きな変化です」。他人にやってもらうとお金がかかると人々が気づいたことで、家の中であっても価値のある仕事だということが、やっと認識されるようになったからだ。

 「女性が家でやってきた介護は『タダ働き』が当然だったのが、よその家で介護をすれば対価が発生する『労働』に変わった。かつては嫁が舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)を介護しても当たり前で、『ありがとう』さえ言われませんでした。タダ働きだったことが『見える化』したことの効果は大きいです」

「明日は我が身」と心得よ

 しかし、介護保険も安泰ではない。法律で3年ごとに見直しを検討することになっていて、政府は利用を抑制する方針にすでに舵(かじ)を切っているからだ。上野さんは新著『在宅ひとり死のススメ』の中で、「介護保険が危ない!」というテーマに1章を割いた。介護保険が改定される度に使いにくくなってきた歴史をひもとき、制度を空洞化させる政府の方針に警鐘を鳴らす。「若い世代は、自分の問題だと考えてほしい。介護保険が危ないということは、あなたの親とあなた自身の老後が危ないということ。明日は我が身です」と説く。

 介護保険があることで、親と同居しなくてもすむようになった。若い世代もいずれ年を取って介護される側になる。いま40代の人が要介護になるのは40年後かもしれないが、その時も介護保険の制度が持続可能でなければ、安心して暮らせないだろう。

子どもには「ほどほどの負担」を

 「昔は、介護のために自分の人生を犠牲にするほどの負担を強いられましたが、いまは介護保険のおかげで、介護のために家族の誰かが犠牲にならなくてもすむようになりました」。上野さんは、介護保険が始まる前に「嫁」として介護で苦労した女性たちが「子どもには頼りたくない」と言うのを不思議に感じるという。「もちろん家族の負担はゼロにはなりません。介護保険を使って、背負いきれないほどの負担ではなく、背負える程度のほどほどの負担を子どもに背負ってもらったらいいでしょう。親の死に方は子どもへの最後の教育。子どもたちも、親を看(み)取ったあとに『頑張って介護したよね』という満足感と『これでやっと解放されたね』という解放感の両方の気分を味わったらいいと思うのです」

 次回は、「老いの坂道」を下り、ケアをされる時の心構えについて聞きます。

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    1948年生まれ。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。日本における女性学・ジェンダー研究・介護研究のパイオニアとして活躍。著書に『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(文春文庫)、『おひとりさまの最期』(朝日文庫)など。

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