100万人の腸内フローラを丸ごと分析・DB化 欧米で構想始動

腸内細菌のゲノム解析(2)ヒトゲノム解読から腸内環境の解読へ

2021.05.21

 日本人の腸内細菌の特徴を解き明かしたり、様々な病気や健康との関わりを探り当てたり。腸内細菌の研究は、この10年余りで急速な進歩をとげ、多彩な広がりをみせています。その原動力のひとつが、腸内細菌群(腸内フローラ)を丸ごと調べるゲノム解析技術です。この手法を活用し、世界では個々人の腸内細菌を100万人規模で調べようという試みが動き始めています。

100万人DB
米国立保健研究所(NIH)の100万人健康調査の呼びかけ

 もともと腸内細菌の研究は、整腸機能などで知られるビフィズス菌など、個々の細菌の効果を調べることから始まりました。ただ、ざっと1千種類いるといわれる腸内細菌のうち、培養により見つかる菌は多くても半数足らず。腸内細菌の全体像がみえないことが研究を深めていく際のネックになっていました。

 そうしたなかで、今世紀に入り、新たな分析手法として脚光をあびたのが、腸内細菌を丸ごと調べるメタゲノム解析です。

 便から採取した細菌を培養する代わりに、分析の対象とするのは、便のなかに含まれている腸内細菌のDNAです。死んでいる細菌の破片も含めて丸ごと分析することで、大腸内にどんな細菌がどれだけ棲(す)んでいるかを探りあてます。

腸内細菌の解析、ポスト「ヒトゲノム」に

 この技術、日米欧など世界の主要6カ国が1990年から始めた「国際ヒトゲノム計画」で使われたもの。人間の遺伝情報(ヒトゲノム)を解き明かすための最新の技術でした。そして2003年、ヒトゲノムの解読は、完了します。では、次はなにを探りあてるか。「ポストヒトゲノム」の目標のひとつとして、あがったのが腸内細菌の解読でした。

 ヒトゲノム解読にも携わっていた東京大学名誉教授の服部正平さんによると、腸内細菌プロジェクトが世界的に動きだしたのは2005年にパリで開かれた国際シンポジウムから。翌年には米国の研究グループが2人の腸内細菌のゲノム解析を完了したと発表、服部さんらの研究チームも07年、日本人13人の腸内細菌の分析結果を公表しました。そして2008年、米国と欧州はそれぞれ、腸内細菌を調べる大型プロジェクトを立ち上げ、世界的ブームに火が付きました。

 「ゲノムの次は、腸内細菌だ」。解読完了宣言と相前後するころ、服部さんは、ヒトゲノムプロジェクトのリーダーらに呼び出され、こう告げられたと、振り返ります。

 一緒に呼ばれたのは、免疫の研究者と腸内細菌の研究者の計3人。「なるほどと思いました。それぞれの専門以外は知らないことばかり。さっそく勉強会や解析準備に入りました。一番手は米国のチームに先を越されましたが、取り組みは世界の中でも一番、早かったと思います」。ただ、日本では腸内細菌研究は「政策立案者の理解を得られず」、欧米のような大型プロジェクトには昇格しないままでした。

ゲノムの解析コスト
米国立ヒトゲノム研究所まとめ。ヒト1人分の全遺伝情報の解読費用の推移

ゲノム解読コスト、100万分の1以下に

 それから20年近く。DNAの解読コストは、いまやヒトゲノム解読完了時の100万分の1以下、「ひとり1000ドル」を切るところまで低下しました。腸内細菌のゲノム解析は、個人の健康チェックのサービスにまで、その領域を広げてきました。

 そのなかでいま、米国や欧州、中国などが進めようとしているのが、個々人の腸内細菌の様子を100万人規模で調べて、データベース化する構想です。細菌の種類や数、その構成比などのデータを、食生活や健康状態、生活習慣、病歴などと合わせて蓄積し、健康や病気との関連性を分析するのが目的です。

 ヒトゲノムの解読完了後、わかってきたのは、病気と遺伝子との関係は生活習慣などほど強くないこと。さまざまな生活習慣病をはじめ、遺伝からくる体質との関わりがそれほど強くない病気の場合、遺伝子が左右することより、食生活や生活習慣、腸内細菌が左右することのほうが大きく、病気を防ぎ、健康を維持するために腸内細菌叢(そう)が果たしている役割への注目が、高まっていると、服部さんは指摘します。

 日本を含め12カ国の腸内細菌の比較研究を行った服部さんたちの研究チームではいま、5000人規模の腸内細菌のデータを、食生活や環境、病歴、薬の服用など、さまざまな要素と結びつけ、読み解く作業をはじめています。腸内細菌が似た特徴をもつようになる要因は、いったいなにか、ひも付いたデータから絞りこんでいきたいといいます。

 「100万人プロジェクトには、ぜひ日本も参加すべきです。病気のひとも、健康なひとも、赤ちゃんからお年寄りまで、日本で10万人レベルの腸内細菌のデータベースがつくれれば、間違いなく、将来の役にたちます」と服部さん。「プロジェクトは、いずれにしろ5年、6年はかかるはず。あせる必要はない。ゆっくりでもいいから、10万人規模の基盤をつくる準備を積み上げていくことが大事です」

(取材・文 田中郁也)

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