「一汁一菜」は日本人の生き方 土井善晴さんが語る料理の苦悩からの解放

編集長インタビュー「土井善晴さんと食を考える」(上)

2021.07.16

 家庭料理研究家の土井善晴さんは、あまいマスク、やわらかい語り口、なにより「ええ加減でいいんです」という優しい言葉で多くの人を魅了します。新企画の編集長インタビューで、そんな土井さんに「食」について語っていただきました。肩の力を抜いて「料理」と向き合うヒントがあります。

土井善晴さん①

一汁三菜はぜいたくです

――土井さんの本を何冊か読ませていただき、目からうろこの話がいくつもありました。戦後の日本の家庭料理の定番「一汁三菜」が、日本人の体格改善のためだったという点は興味深かったです。

 もともと日本の家庭はほとんどが農家で、一汁一菜が生活のベースでした。仕事が忙しいですし、経済的、時間的な余裕もありません。昔は水をくんだり、まきを用意したりもしないといけなかった。ですから、基本は一汁一菜でいいんです。それ以上のことはできない。

 その上で、季節にタケノコが出れば初ものだと喜んで煮ますし、秋の始まりにサンマを見つけたら、余裕があれば、家族に食べさせたいと思うでしょう。季節にあるおかずは日常の楽しみです。

 余裕のない日は決して無理をしない。一汁一菜の他に、何もしないことを原則にして、気持ちに余裕があれば、自分が食べたいもの、家族に食べさせたいものを作ればいいのです。

 敗戦後、外国人に比べて貧弱だった日本人の体格を改善しなければならないとなって、西洋の栄養学を積極的にとり入れたのです。日本人はたんぱく質、脂質といったエネルギーが足りないので、和食にはなかった、栄養学にある西洋の主菜(メインディッシュ)という観念をプラスして、血肉をつくる主菜、栄養のバランスをとる副菜2種、それにご飯とみそ汁という一汁三菜が推奨されたのです。

 一汁一菜とはつまり「汁飯香」。それが一汁三菜だと、ご飯とみそ汁に加えて、主菜の肉または魚、副菜が二品。そうなると、「メインディッシュに何を作るか」から考えることになります。和食にはメインディッシュなんて考えも言葉も、そもそもありません。ゆえに栄養学と和食の整合性はないんです。そのように考えると一汁三菜って、すごく豪華な食事ですね。

――料理、食事のシステムが変わったわけですね。

 高度経済成長時代、サラリーマンの男性たちは外で働いて家に帰ってきます。小さなテーブルの上に、色とりどり、様々な料理が並びます。あこがれていた豊かさを実感したわけですね。当時は専業主婦が多く、料理を食卓にいっぱい並べるように腕をふるえることが幸せでした。父・土井勝の料理学校では、多くの女性たちが目を輝かせて料理を習っていました。日本人は肉、脂を食べてきませんでしたから、肉を使った西洋や中国の料理は憧れだったので、新しい食事を喜んで受け入れたのです。

料理は大変なんです

――土井さんは著書『一汁一菜でよいという提案』で「この本はお料理を作るのがたいへんと感じている人に読んでほしいのです」と書かれています。

 ぜひ、男性にも読んでほしいですね。社会が大きくなることで、女性の社会進出が進みました。共働きで女性も男性と同じように仕事をしているのに、一汁三菜なんてできっこないわけです。それでも、女性は、家族のために頑張って料理をしてきました。

 「家のことは全部女性の責任」「仕事をしながらも料理をするのは女」というのが当たり前というのは、男社会の考えですね。その上、どんなに手間をかけて作っても、家族は家庭料理に興味を持ってくれない。それでも「あたりまえ」と思われているわけです。

 時代はすでに変わりました。なのに女性は、外の仕事と家の仕事の両方という、そもそもできないことを何も言わずに引き受けて、感謝もされないなんて、料理をするのが嫌になって当然です。それでは爆発するでしょう。いい家庭を持ちたいと思って結婚して、頑張ってきたことが、報われない、認められない。それでも一生懸命やろうとしたけど、現実問題できない。やりたいことができないのはつらいことでしょう。開き直りたくもなるでしょう。でも家族はそこを見てくれない。

 私が定期的に開いていた勉強会に来ていた女性たちは「幸せな家庭を持ちたいと思ってお料理頑張ろう」と思ったわけです。子供ができたとき、「自分で作ったお料理で子供を育てたい」と、女性はふつうに思うのです。 自分の責任だと思って、頑張ってきた女性の苦しみは想像できます。そうした女性の苦悩を知って、日常の料理は、一汁一菜でいいと指導するようになったのです。献立を考えることが一番の悩みという多くの女性の苦しみを、当初、私自身、簡単に考えていたのです。一人で毎日思い悩むことの苦しみを、じかに聞いて、私自身初めて理解できたんですね。それで『一汁一菜でよいという提案』を書いたのです。

 日常は一汁一菜でいい、その上で、おかずは、時間に、お金に、心に余裕があるときに作ればいい。ひとつ一つお料理は覚えていけばいいんです。ご飯を炊いて、みそ汁を作れば、それで十分やっていけます。それが昔ながらの日本の家庭料理のスタイルです。若い夫婦はすぐに理解してくれました。お料理のレパートリーは少しずつ増やせばいいんです。その後、「料理が楽しくなった」「自分はこんなに料理が好きだったんだ」「以前よりもよく料理するようになった」「健康になった」という声をたくさん聞きました。人間は、だれからも強制されず、自分の自由な意思でそれをすることが、幸せなんですね。今では、食べるということよりも、料理をすることの方が大事だと思っています。人間は料理する動物ですから、「料理する」に意味があるのです。

 料理はそもそも楽しいことです。家庭料理をどう考えるかは、一生の幸福に関わる問題ですね。子供たちにとってはそれが特に大事です。家庭料理のあり方は、それぞれの家庭のやり方でいいのです。大切なことは、女性のもつ女性性を理解した上で、男性がどうそれに心を寄せて協力するかです。今の時代は当然女性だけが料理をするなんて、40歳以下の人ならだれも思っていないのです。これからは、家族の一大事、家庭料理を夫婦、家族でよく話して、考えることです。『一汁一菜でよいという提案』は発刊から5年になりましたが、若い人の間で、家庭料理の観念はよい方向に変わりつつあるように思います。

土井善晴さん⑤
インタビューに答える土井善晴さん(右)と菊池功編集長

料理の世界には可能性がある

――日本料理の源流は、どこにあると思いますか。

 日本料理の伝統は、女性によって守られてきました。家庭料理の中で培われ、受け継がれていきました。

 日本料理は京都の料理屋さんの料理がその象徴のように言われますが、日本料理の源流は大阪にあります。昔は「大阪の食い倒れ、京の着倒れ」と言ったでしょう。京都は海が遠いので生の魚を食べられませんでしたから。川魚や塩物でも魚を食べられたのはお公家さんぐらいでしょう。一方、大阪では、庶民の女性が暮らしの中で小魚をまめに料理していました。えべっさん(恵比寿さん)が抱えている鯛(たい)ですよ。大阪の料理は「椀刺(わんさ)し」いう言葉に象徴されます。みそ汁を飲む習慣があまりないのは、魚介の出汁(だし)に加えて、それに北前船が運んできた昆布もあって、「出汁」が日常の暮らしにあったからです。大阪は吸い物文化なんですね。

 そうした土地で日本料理を完成させたのは、「吉兆」の創業者である湯木貞一です。50年以上も前に「世界の名物日本料理」というキャッチフレーズを作って、ひたすらに努力して日本料理を作り上げた。彼の功績は大きく、全ての料理人が、本人が意識する、しない、にかかわらず、湯木貞一の吉兆の料理に影響を受けています。今も、高麗橋の「吉兆」で、品格のある、力強い男料理が楽しめるのはすごいことだと思います。

 しかし、現代社会のシステムでは、本当の懐石料理をつくる料理屋を維持することが難しくなってきました。大きな調理場で大勢の人間が、レベルの高い仕事を継続させるのは難しい時代だと思います。懐石料理はあまりに複雑で覚えるのに時間がかかるし、大変です。昔は、のれん分けしてもらうまで働くこともありましたし、店を持つことは大変なことでした。「丁稚(でっち)奉公」なんて言葉は早くになくなっていますが、いまは長い期間下働きをするという習慣はなくなってきました。日本らしい大切なものがなくなるのは残念です。

 でも逆に、最近の若者が経営する店には、すし屋、天ぷらなど一人仕事のいい店がありますね。若い人は度胸があるし、迷わず協力者を得て独立して成功しているケースも多いと思います。そういう意味では、料理の世界は情熱がありますし、新しい価値観を持ち込めば、まだまだ可能性があると思いますよ。理科系の人やアーティストが入ってきたら、世界が広がると思います。そうなることによって、家庭料理とプロの食のクリエーションにしっかりと区別、差異ができます。プロはプロの哲学と技術を持って、仕事を追求してほしいです。

(聞き手・菊池功、撮影・伊藤菜々子) 

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  • 土井善晴
  • 土井 善晴(どい・よしはる)

    料理研究家/十文字学園女子大学招聘教授、東大先端科学技術研究センター客員研究員

    1957年、大阪生まれ。家庭料理の第一人者として知られた土井勝さんの次男。大学卒業後、スイス、フランスで料理を学んだ後、大阪で日本料理を修業。土井勝料理学校講師を経て、92年に「おいしいもの研究所」を設立。NHK「きょうの料理」やテレビ朝日「おかずのクッキング」などの講師を務め、『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)、『素材のレシピ』(テレビ朝日出版)、『料理と利他』(ミシマ社)、『くらしのための料理学』(NHK出版)など著書多数。

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