食べることでストレス解消していませんか 「料理をしてください」と土井善晴さん

編集長インタビュー「土井善晴さんと食を考える」(下)

2021.07.30

 日本には様々な料理があふれています。まさに飽食の時代です。その一方で、もったいないことに、多くの食材が食べられないまま廃棄されています。料理研究家の土井善晴さんは言います。「現代の日本では食べることがストレス解消になっているのです」と。

土井善晴さん③

日本の食卓には世界の料理

――日本の食はボーダーレス化が進んでいます。

 日本の家庭では世界中の料理が並びますが、世界的にはそんな国はないんじゃないですか。中国人は中国料理を食べますし、韓国人は韓国料理を食べます。フランス人もフランス料理しか食べません。普段から外国料理に親しむことなんてないと思います。

 その点、日本人はいろんなものを食べるなあと思っています。日本には海の向こうからいろんなものやってきて集まるんですね。日本にはそれを受け入れてしまう性質があると思います。食材もあふれています。冷凍食品の種類も多いですし、お総菜も売っています。世界中の調味料やスパイスも集まっています。でも、そんな調味料も、全部使い切れないでしょう。賞味期限が切れて結局捨ててしまっていると思いますよ。

 とにかく、食べ物が、大量に捨てられている。それも経済ですから、お金にとっては悪いことではないのかもしれません。でももうこれ以上、こんなことはできない、違うやり方を考えないと未来はないでしょう。無駄が過剰になりすぎて、地球環境を破壊し、人類の危機がそこまで迫っています。それは、誰もがすでに知っていることですね。

――だから一汁一菜なんですね。

 一人ひとりができることは、自分の食事を改めること。私たちには一汁一菜という食事の型があります。実行すれば健康にもなりますよ。 地球のためにもなります。

 現代の日本人は食べることでストレスを解消しているのです。外で神経をすり減らし、家に帰るとほっとして、つい食べてしまう。ダメな傾向です。

トロを食べて満たされるのは快楽的本能

――わたしも太っています。確かに食べることでストレスを解消している気がします。

 人は悲しくても、怒っていても食べるんです。食べると少し癒やされます。食べるというのは生きていく、生命維持の本能です。頑張って働くモチベーションになるように、食べる喜びをご褒美としてもらったのです。だから、「働かざるものくうべからず」は真理です。マグロのトロを食べることで満たされるのは快楽的本能です。現代人が大好きな焼き肉もハンバーグでも同じです。

 でももう、日本人はおいしいものものばかり食べなくても良いんです。和食は、おいしさに依存していないのです。旬のものを取り入れ、季節を感じる。だから初ものと盛りものと、名残ものでは、一つの野菜でも全く別もののように料理して、その変化を楽しむでしょう。食事に彩を取り入れ、歯切れの良さといった食感を楽しむのです。

 味に依存せず、変化を楽しむというのは、精神的な喜びです。変化を知ることが感性です。みずから知ることは喜びです。食事をしながら、心を野山に遊ばせるのです。きれいに整えられた料理に、私たちの食事の満足があるのです。おいしいものばかりに執着することは、心の豊かさや美しいものをずいぶん捨ててしまうことになるでしょう。

 どんな料理も売っていますから、全てお金で解決し、自分で料理しなくても済みます。でも、人間は料理する生き物です。食べるよりも、料理することが大切なんです。料理する手の仕事には、不思議な力があって、肉が大好きで、外食で肉ばかり食べている男性でも、自分で料理をしてみると、「肉ばかりじゃいけない」と思えて野菜を鍋に入れるものなのです。自分のために料理してもそうなるのですから、家族のためとなるとなおさらです。

 料理には他者を思う、思いやりがおのずから入ってくる。それが「利他」です。「料理する、すでに愛している。料理を食べる、すでに愛されている」です。

 今では料理をしない家もあるのでしょう。それでは、料理のないところには安心の安らぎも生まれませんから、家族さえ信じられないのです。あなたが料理して、仲間に食べさせればそこに家族ができるのです。料理すること、料理したものを食べること、で家族になるのです。特に日本の場合は、そうしたことになると考えています。

土井善晴さん⑥

料理は五感をフルに使います

――年を重ねると、料理することが大切になるんですね。

 親は子供が成人するまで、できるだけ料理をして食べさせてください。そのことで、意欲や協調性、粘り強さ、計画性など「非認知能力」が子供に身につき思いやりがあり、想像力が強く、夢のある人間に育つことができます。

 それと、年をとって一人暮らしになったなら、できるだけ自分で料理をしてください。もちろん一汁一菜で大丈夫です。料理は利他と言いましたが、自分で料理して食べることで、何より自分を大切にすることになるからです。

 手の運動は認知症予防になりますでしょ。頭を使い、味覚、嗅覚(きゅうかく)、視覚、触覚、聴覚を使います。五感をフル回転しているわけですね。多くの女性たちは、それを自然とやっています。だから女性の方が死ぬ間際まで元気なんですね(笑)。

 50代以上の男性はだめですね。40歳以下の人たちは「料理は女性がするもの」と考えていないと思いますよ。料理しない人は、自分で食べるものさえ他人まかせで、お店でも自分で考えるのが面倒なのか、考えられないのかも知らないけれど、「おまかせ」って注文します。年配の男性のほとんどがそうだと思います。そんなんだめですよ。自分で考えないと。

 そりゃフランス人はケーキひとつ選ぶにも、おしゃれして、散歩して、ワゴンで運ばれてきたケーキを見て、夫婦でじっくり時間をかけます。なんでもいいなんてだめで、きれいなものを見て心が動かないことが問題です。

 おじいちゃんがコンビニで弁当を買って帰る姿を見ると、なんとも切ないですね。男性は名刺を失った瞬間、自分を失ってしまう感じです。料理は自立する力を養います。ぜひ、料理をしてください。

――土井さんは今後、どんな料理研究家を目指しますか。

 料理人を目指してスイス、フランスで料理修業をして、大阪に戻って「味吉兆」で日本料理を学びました。父の家庭料理を教える学校が危機のために呼び戻され、料理人の道を諦めたことが一度目の転機です。

 父の料理学校を盛り返そうとしましたが、父が亡くなり料理学校は倒産しました。これが二度目の転機です。

 それで、20年以上前に東京に出てきて、父から引き継いだテレビなどに出演しました。料理研究家で生きていけるのかと不安に思ったことがあります。2016年に『一汁一菜という提案』を発行したことをきっかけに料理を深く考えるようになり、料理研究家本来の仕事をしているように思います。

 今は十文字学園女子大学で料理学、食事学、和食文化の教授を務めています。東大の先端科学技術研究センターの研究員として、子供たちの教育を考えています。自分のことより、とにかく子供たちの未来にためにできることはなんでも、しっかりやろうと考えています。無条件で若い人を応援していきたいと思っています。

(聞き手・菊池功、撮影・伊藤菜々子)

読者会議メンバーが読んだ本

  • くらしのための料理学
  • 土井 善晴 (著)
    出版社:NHK出版

    著者のサインが入った「くらしのための料理学」を3名様にプレゼントします。応募はこちら(商品モニター会メンバー限定、8月5日締め切り)※プレゼントする本は著者のサイン入りです。

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  • 土井善晴
  • 土井 善晴(どい・よしはる)

    料理研究家/十文字学園女子大学招聘教授、東大先端科学技術研究センター客員研究員

    1957年、大阪生まれ。家庭料理の第一人者として知られた土井勝さんの次男。大学卒業後、スイス、フランスで料理を学んだ後、大阪で日本料理を修業。土井勝料理学校講師を経て、92年に「おいしいもの研究所」を設立。NHK「きょうの料理」やテレビ朝日「おかずのクッキング」などの講師を務め、『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)、『素材のレシピ』(テレビ朝日出版)、『料理と利他』(ミシマ社)、『くらしのための料理学』(NHK出版)など著書多数。

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