定年後の学び テーマは趣味や仕事、やり残したことの中に 社会の経験が意欲を高める

楠木新さん・櫻田大造さん大いに語り合う(下)

2021.07.28

  神戸松蔭女子学院大学教授の楠木新さんと、関西学院大学教授の櫻田大造さんが定年後の学びをテーマにオンラインで語り合った対談の最終回です。話は大学での学び方から人生論にまで及びました。

学校イメージ

大学の講座や学園祭に行ってみよう

――学びといっても、大学に行くというとハードルが高くなる気がしますが、ハードルを低くするいい方法はありますか。

櫻田 確かに、アメリカと比較しますと、まだまだ大学がお高くとまったイメージがあって、本当だったら大学の学食は誰にでも開放されていて、そこは誰が入ってもいいし、誰が利用してもいいのですけどね。

楠木 私は、櫻田先生の勤められている関西学院大学(兵庫県)から歩いて15分くらいのところに住んでいます。以前は昼ごはんをよく食べに行っていましたし、散歩のコースにもなっています。聴講生として1年間通ったこともあります。聴講生になって一番良かったのは、図書館が使えることです。開架の本も非常に多いので、いろいろ探すときも非常にありがたかったです。

櫻田 大学がオファーしている、社会人でも参加できるような講座がいくつかありますので、そこにまず顔を出してみるのはいかがでしょうか。学園祭でも講演会や演奏があります。そういったものを体験してみる、その一歩ですよ。

大学院だってテーマと指導教員を見つければ

櫻田 その次が科目等履修生で正規に単位を取ってみる。それで、もっと行けると思うのでしたら、大学院を考えてみる。修士にしても、博士にしても、一番大事なのはテーマです。テーマさえきちんと見つかって、それが指導できる教員がいれば、それで8割くらいは完成したようなものです。

櫻田 教える側からすると、社会経験をしている人のほうが、むしろ教えやすいです。大学は、知の前では平等という場所です。いろいろな先生もいるし、いろいろな学生さんもいる。

 一度社会人の経験があって入ってきた方たちは、仕事のなかで、たとえば、もっと法律を学んでおけばよかったなどの実感があり、意欲が高い。モチベーションがはっきりしていますから、何か発表するときも、書いてきたものだけを読むのではなくて、かなり熱心に食らい付いてきますよ。

楠木 今のお話を聞いて、思い出したのが、大学で一番初めに非常勤講師を担当した今から20年以上前のことです。その授業には、保険会社や運送会社などに勤めている社会人が学びに来ていて、私にいろいろな質問をしてくれました。大教室の授業でも反応が得ることができるので大変助かりました。彼らとは今もつきあいが続いている人もいます。学ぶ意欲は、いっぺん社会を経験したほうが湧いてくるのでしょう。

百鬼夜行の絵巻に魅せられて73歳で博士に

――櫻田先生、論文は、テーマを見つけたらそこで8割出来上がっているとおっしゃいましたが、それまで全然学問をしていなかった人でも、テーマは見つけられますか。

櫻田 本にも書きましたけれども、仕事は少しありつつ主に専業主婦をされていた方がいらして、高校のときの病気によって大学進学はあきらめたらしいのですけれども、54歳で大学に入られて、文学部で勉強されていたときに、百鬼夜行の絵巻に魅せられて、最終的に妖怪研究で博士号を取られた。73歳で博士になられたのです。

 どんなテーマでもいいです。例えば学部レベルですけれども、僕の教えた学生さんで、自分はアニメがすきで、英語のanime(アニメ)という言葉がいつできたか知りたいと相談を受けたのです。それで調べ方をアドバイスして、図書館のいろいろなデータベースを使って、ニューヨーク・タイムズで1990年代から2000年代に、アニメという言葉が出てくる記事を全部読んで、それで論文を書いたんです。

 そういったちょっとしたことで、なんでかなと思ったことがあったら、それがテーマになる。まずグーグルで調べてみて、なおかつCiNii(論文や図書・雑誌などを検索できる国立情報学研究所のデータベースサービス)で調べて、まだリサーチされていなかったら、ちょっと追求してみると面白いと思いますよ。

楠木 仕事をしている方は、そこでの疑問を学びに結び付けるのも、一つです。たとえば、総合商社は日本と韓国くらいにしかないと言われます。では、なぜ日本に統合商社ができたのかを考えてみよう、と。それで論文を書いてみようというやり方もあります。

櫻田 そうですね。趣味をいかすか、仕事をいかすか、ですね。

これを勉強できてよかったという自己満足が大事 

――若いときの学びは、その先の人生に役立てるという目的があると思いますが、65歳からの学びはどうとらえていらっしゃいますか。

楠木 自分の人生で死が近づいてきたとき、「これをやっている時が俺が一番俺らしいのだ」と思えることが、幸せじゃないでしょうか。何かの目的のためにやるというよりも、嫌いなことはしない、自分に合ったことをすると言った通りです。社会還元とか、役に立つとかいうことは、後からついてくるもので先に考えなくても良いと考えています。

櫻田 私も、自己満足が一番大事だと思っています。他人が言うことではなくて、自分がこれで満足しているんだと。大学院や大学で学ぶのも、最終的には自分で良かったな、これを勉強して良かったな、これを書けて良かったな、これを発表できて良かったなと自分が思えること。

 ブログで発表してもいいし、研究会を自分で立ち上げてもいいし、あるいは学会に入って、そこで発表してもいいし。社会に還元することは目標ではない。自分が好きだからやる。そうじゃないと続かない。

 あと、とくに大学院で勉強した場合は、大学や専門学校、商工会議所やカルチャーセンターなどで講師をしてみることはお勧めです。これは、結果的には社会への還元を兼ねていますね。

理想はさかなクンや淀川長治さん

――楠木先生がこれまでの取材された中で、定年後の人生でこんなおもろいことをしたという人を教えていただけますか。

楠木 学びからは少し離れますが、たとえば会社員から転身した人に興味をもっています。耳かき職人になったり、ちょうちん職人になったり、職人系に行った人も魅力的な人が多いですね。50歳から一念発起して美容師になった元IT企業の部長もいます。彼は70代後半の今も現役で活躍されています。

 私はそういう人の話を聞き始めて、取材をやめられなくなったんです。つまり、これからの自分の生き方のヒントがここにあると思って続けていると、自分も50歳から始めても何とかなるかなと思うようになりました。

 子どもの頃の好きだったことをもう一度やってみる、また若い時にやり残したことの中にもヒントがあることを取材で何度も感じました。

 やはり好きで好きでたまらないことをやっている人は魅力ありますね。具体的な例としてはさかなクンです。また私の地元の先輩である淀川長治さんとかですね。自分なりの進む道を見つけた人は、やっぱり幸せだと思います。数奇心を持った人とでも言うのでしょうか、彼らは、勲章をもらうためとか、何かのためにやっているのではなくて、魚の研究や映画を見て語ることが何より楽しいからやっている。そういうのが理想だなと思っています。

 

  • 定年後の居場所
  • 楠木 新(著)
    出版社:朝日新聞出版(朝日新書)

     あなたは会社を辞めたら行き場なし? そうならないための心構えと実践法を、自らの「定年後」6年余りの経験と、定年を迎えたご同輩の人たちへの取材からつづった。仕事、お金、趣味、地域との絆、ウィズコロナの生活……。これから定年を迎える方たちへ、また、いま定年後を過ごしている方たちに、ヒントの詰まった一冊。「定年は終着駅ではなく、新たな人生の始発駅」と説く。
     

  • 「定年後知的格差」時代の勉強法
  • 櫻田大造(著)
    出版社:中央公論新社(中公新書ラクレ)

     定年後に本当にコワいのは経済格差より「知的格差」。情報を集めるだけの「受動的知的生活」から、論文、ブログを書いたり講師を務めたりする「能動的知的生活」へ転換すれば、自己承認欲も他者承認欲も満たされ、病気の予防にもなる! その方策として本書は、(1)大学(院)の徹底活用術(2)研究法、論文執筆術(3)オンライン、SNS活用術などを伝授。キャリアを生かすもよし新分野に挑むもよし。講師業や博士号さえ夢じゃない実践マニュアル。

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  • 楠木新
  • 楠木 新(くすのき・あらた)

    神戸松蔭女子学院大学教授

    1954年、神戸市生まれ。京都大学法学部卒業後、生命保険会社入社。人事労務畑を中心に経営企画、支社長などを経験する。体調を崩したことをきっかけに50歳から職務と並行して取材・執筆・講演活動に取り組む。2015年定年退職。18年から神戸松陰女子学院大学教授。著書に『定年後』『定年準備』『定年後のお金』(いずれも中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアムシリーズ)『経理部は見ている。』(同)、『就活の勘違い』(朝日新書)など多数。5月に『定年後の居場所』(同)を出版。

  • 櫻田大造
  • 櫻田 大造(さくらだ・だいぞう)

    関西学院大学国際学部教授

    1961年、長野県生まれ。シアトル大学教養学部政治学科、上智大学外国語学部英語学科卒。トロント大学大学院政治学修士課程修了。博士(国際公共政策、大阪大学)。専門は国際関係論・比較外交政策。信越放送ラジオの国際問題コメンテーターも務める。著書に『誰も知らなかった賢い国カナダ』(講談社+α新書)、『カナダ・アメリカ関係史』(明石書店)、『「優」をあげたくなる答案・レポートの作成術』(講談社文庫)、『大学入試 担当教員のぶっちゃけ話』(中公新書ラクレ)など。5月に『「定年後知的格差」時代の勉強法』(同)を出版。

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