<連載> アートシーンの裏側

3つめの「ノグチ美術館」 心を空に粘り強く対象をみつめて

【寄稿】東京都美術館学芸員 中原淳行さん

2021.08.04

 20世紀を代表する芸術家、イサム・ノグチ。その精髄に迫る展覧会が東京都美術館で開かれています。大型彫刻や、ノグチの代名詞の一つである光の彫刻「あかり」に加え、今回は制作の拠点としていた香川県・牟礼から晩年の石彫群もやってきました。それらの作品とどう向き合えばよいか、東京都美術館学芸員の中原淳行さんに寄稿していただきました。

「イサム・ノグチ 発見の道」展 開催概要

  • 14-newイサム・ノグチ展(ポスター縦小)
  • 東京都美術館
    開催期間:2021年4月24日~8月29日

    日本人の父とアメリカ人の母を持ち、複雑な幼少期を過ごし、やがて独自の彫刻世界を築きあげたノグチの、晩年に石彫という到達点に至る道をたどる展覧会。とりわけ牟礼の石彫群がまとめて外部で展示されるのは初めて。「第1章 彫刻の宇宙」「第2章 かろみの世界」「第3章 石の庭」という展示構成で、第1・2章は写真撮影可となっています。
    (会場写真はすべて中原学芸員撮影 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713)

 「イサム・ノグチ 発見の道」展では、会場で読んでいただく解説は章解説だけ。作品解説はなく、作品名を記したキャプションは彫刻から離して壁に付けました。仕切り壁をすべて取り払い、回遊式の構成となっているので、決められた順番もありません。気の向くまま、庭を散策するように鑑賞してください。

ノグチ展1 あかり IMG_3422(640)

 本展は20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ(1904-1988)の半世紀を超える創造の軌跡、そのエッセンスをご覧いただくものですが、プランの段階では、ノグチの抽象彫刻をご紹介するうえで、この展示方法は不親切なものかと思われました。でもこの方法だからこそ、作品の持ち味をよりよくご理解いただけるのではないか、という思いも強くありました。というのも、ノグチが心血を注いでつくりあげた二つの個人美術館――ニューヨークと香川県高松市牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館――も同様の展示方法が採られているからです。上野の地に3つめの期間限定のノグチ美術館(そのサテライト)を立ち上げようというのが本展最大の目標だったのです。

ノグチ展2 黒い太陽とあかり(640)

  ノグチの作品に限らず、抽象芸術は難解だと多くの方がおっしゃいます。しかし、本当に抽象はわかりにくいものなのでしょうか?

 少し大雑把な例えです――。笑っている人の顔を描くと、「笑顔の絵」ができあがります。しかしその絵が「笑い(喜び)の本質」を表現しているかどうかはまた別の問題です。「笑い(喜び)」を表現するためには、様々なやり方があるはずで、笑顔をリアルに描くのは一つの方法に過ぎません。それ以外に考えられる無数の表現の追究――笑顔を描かず笑い(喜び)を表現すること――が抽象の在り方なのだと考えてみてください。

ノグチ展3 彫刻 IMG_3427(640横)

 本展の会場では、カップルや家族連れの方が作品の名前をあてようと静かにお話をされている光景が見受けられます。ノグチの彫刻は、かたちは抽象的でもタイトルは具体的なものが多いのです。

ノグチ展4 オブジェ IMG_3436(640)

 ところが、展覧会の最後に展示されているノグチ晩年の石の彫刻には「無題」が多く、「はて」と戸惑われる方がいるかもしれません。名前のない抽象作品に、いったい何をみたらよいのでしょうか?

ノグチ展5 石彫 IMG_3723(640)

 ノグチはひとつの石の彫刻を仕上げるのに多くの時間を費やしました。晴天、雨天、朝昼夕とシチュエーションによって目まぐるしく表情を変える石をみつめ、自分の手をどう入れるべきかを考え抜いたのです。世界にひとつしかない石とつくり手であるノグチとの対話が結実した結果、作品が誕生しました。
 晩年の彫刻は、もはや具体的なものを再現しようとした試みではありません。石から導かれて生まれたある必然的な「かたち」というべきものです。自身の石の彫刻が「命ある自然」の一部であるようにと強くノグチが望んでいたことは、作品理解の手がかりになるように思われます。

ノグチ展6 かろみの世界(640横)

 作品が抽象かどうかを問わず、鑑賞する際は、心を空にして粘り強く対象をみつめてください。「わからない」と思っていた作品が、あなたにしか聞こえない声で語りかけてくることがきっとあるはずです。それは他者の「創造」があなたの「想像」と重なり合う瞬間です。
 作品の声に耳をすまし、想像を自由に働かせ何かを感じること。これこそ、わたしたちが堪能すべき芸術鑑賞の醍醐味(だいごみ)なのです。

 ※8月29日まで。8月9日を除く月曜休館。日時指定予約を推奨、となっています。コロナ禍の推移などにより、会期等は変更する場合があります。詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。

  • この連載について / アートシーンの裏側

    古今東西の芸術作品をインターネットでも手軽に楽しめる現代。でも作品の世界観を体感するにはやはり会場で鑑賞するのがオススメ。展覧会の見どころや、学芸員・専門家だからこそ知る裏話や楽しみ方をお伝えします。

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