【読者会議】山のいぶきに包まれて

<Reライフアンケート>あなたの山の思い出は?

2021.08.01

 大きな山から小さな山まで全国にたくさんの山があり、楽しみ方もさまざまです。山頂に立つ達成感、かれんな高山植物、身近な山への愛着――。たくさんの思い出が寄せられました。

ワタスゲに 自らを重ねた夫

 大阪府茨木市の高村泰子さん(84)は2010年6月、夫の徹さんと福島県昭和村と南会津町にまたがる駒止湿原を歩いた。標高1100メートルほどの場所に広がる国の天然記念物で、ニッコウキスゲやミズバショウを見に多くの人々が訪れる。
 2人は長年、教員を務め、定年前に退職した。足腰が衰えないようにと始めたのが山歩き。北アルプスや北海道の大雪山系など全国の山を巡り、自然に触れる喜びを味わった。徹さんは植物の写真を撮り、アルバムに整理するのを楽しみにしていた。
 徹さんに異変が現れたのは10年5月。疲れがひどく、外出後、最寄り駅から休み休み歩いて、自宅にたどり着いた。検査の結果は「骨髄異形成症候群」。正常な血液が作られなくなる病気で、疲れやすくなるのも症状の一つだ。
 入院後、医師から「体調が落ち着いたら、行きたいところに行きなさい」と言われ、徹さんが行きたがったのが駒止湿原だった。白く丸い穂を付けるワタスゲが好きだった徹さん。駒止湿原は群生地として知られる。
 6月下旬、新幹線や在来線、バスを乗り継ぎ、駒止湿原へ。休憩しながら木道を進むと、一面のワタスゲが迎えてくれた。「最後の山旅になるかもしれない」。夢中でシャッターを切る夫の様子を、泰子さんは離れた場所からそっと撮影した。
 旅行後に徹さんが作ったアルバムには、ワタスゲの写真にこんな言葉が添えられていた。「時を忘れ、年令を忘れ 振り返る過去も忘れ 今わたすげと共に」。泰子さんは「その一瞬を懸命に生きるワタスゲに、自分を重ねていたのかもしれません」と振り返る。
 その後、急性骨髄性白血病に移行し、徐々に体力も低下。2年後、徹さんは83歳で亡くなった。泰子さんはワタスゲと徹さんの写真を、パソコンのデスクトップの壁紙にした。自分が体調を崩したときも、写真の中の夫に元気づけられている。

【読者会議】山のいぶきに包まれて

インスタ映え 喜んだ後に

 3年ほど前、家族と鹿児島県指宿市に旅行し、開聞岳を見ました。まるでピラミッドのような美しい形の山で、「インスタ映えする」と言いながら何枚も写真を撮りました。翌日、隣の南九州市にある知覧特攻平和会館を訪れ、特攻隊員が開聞岳に敬礼をして別れを告げたと知りました。祖国の象徴だったのでしょう。「インスタ映え」としか思わなかった自分を浅はかに思い、反省しました。妻と子どもと、歴史を心に刻みました。
(滋賀県 青木勝也さん 47歳)

聞く富士山どうだったかな

 朗読ボランティアをしており、目の不自由な方向けの自治体広報の音訳のほか、本の抜粋を吹き込んだCDを作っています。富士山の世界遺産登録が決まった2013年には、竹谷靱負著「日本人は、なぜ富士山が好きか」(祥伝社)など富士山にまつわる文章をいくつか選んで仲間と録音し、約60分のテープにしました。私も富士山が好きで、新幹線では必ず見える方に座ります。テープは喜んでもらえたかな、と思い出しました。
(東京都 根岸正代さん 70歳)

澄んだ空気自分取り戻す

 20年近く前、上司と折り合いが悪く、ストレスが積み重なって精神的に不安定になりました。そんなとき、休みの日に近くの山を何も考えずにぶらぶら歩くと、不思議とストレスが飛んでいきました。早朝の澄んだ空気を吸い、夜が明けていく様や夜露にぬれた花々に朝日があたってキラキラする様を目にし、それまでの人生で経験したことがないほど感動しました。そうした経験を繰り返し、自分を取り戻すことができました。
(大阪府 森川安生さん 65歳)

 Reライフ面では月替わりのテーマで皆さんの意見や体験談をお寄せいただき、紙面で取り上げます。最新Reライフ面アンケートの詳細はこちらのページでご確認ください。
 回答を踏まえて記者が取材をお願いすることや、紙面だけでなくウェブページで回答を掲載する場合があります。あらかじめご了承ください。

関連記事

あわせて読みたい

おすすめ記事

PAGE TOP