運動が腸内細菌を鍛え、その腸内細菌が運動能力を向上させる。日々の運動と腸内細菌の間には、そんな相互依存関係があることが、トップアスリートたちの腸内細菌研究などからわかってきました。マラソンランナーの持久力を高めたり、ラグビー選手の疲労回復を助けたり。そんな「アスリート菌」とはなにか。どんなメカニズムが働くのでしょうか。

マラソンランナーの持久力を向上させる菌
マラソンランナーの腸内には、長距離を走りぬいてもスタミナ切れを起こさないよう、持久力を高めてくれる細菌群が存在している。こんな分析結果を19年夏、ハーバード大学医学部のジョージ・チャーチ教授らの研究チームが発表しました。
研究チームが調べたのは、ボストンマラソンに参加するランナー15人の腸内細菌です。大会をはさんだ計2週間、各ランナーの便を毎日採取し、腸内細菌の変化をみたところ、ベイロネラ属という種類の細菌群が腸内で徐々に増加していることがわかりました。そこでランナーから採取したこの細菌を培養し、マウスの腸に移植したところ、移植していないマウスに比べて平均で13%長く走り続けたのです。

どんなメカニズムが働いているのでしょうか。
分析によると、ベイロネラ属の細菌はほぼ乳酸だけをエサにして、酢酸とプロピオン酸という短鎖脂肪酸をつくり出します。一方、マラソンランナーが長く走り続けるうちに、筋肉や血中で増えていくのが乳酸です。
マラソンランナーのように長時間、強めの運動をするとき、私たちは筋肉や肝臓に蓄えられたグリコーゲン(ブドウ糖)を即効性のあるエネルギー源として使います。乳酸は、グリコーゲンをエネルギーに変換する過程で生み出され、2次的なエネルギー源となります。ただ、一度に大量に使うことはできず、余った分が筋肉にたまり、筋肉から血液中にも流れでます。
血中内の乳酸は大腸にいる腸内細菌にも届きます。こうした人体の組織ですぐに使い切れない乳酸を、腸内細菌が短鎖脂肪酸につくりかえ、即効性のある持久力アップにつなげていると、研究チームはみています。
実際、短鎖脂肪酸のうちのプロピオン酸をマウスの腸に注入したところ、ベイロネラ菌を移植した時と同様、マウスの持久力が増すことが確認されました。詳細なメカニズムは不明ですが、プロピオン酸が腸壁から吸収されてエネルギー源として活用されたり、プロピオン酸がもつ消炎作用が筋肉の疲労を抑えたりする可能性が指摘されています。

痛んだ体を修復させるラグビー選手の腸内細菌
腸内細菌がもたらすのは、持久力だけではありません。激しい運動をするアスリートの疲労回復や痛んだ組織の修復に寄与しているとみられる腸内細菌もあります。
アイルランドの研究によると、ラグビーのトップ選手の腸内で多くみつかったのは、アッカーマンシア属の細菌群です。この細菌群は、短鎖脂肪酸のひとつ、酪酸の産生菌で、腸管の粘膜保護の働きをしたり、免疫機能を高めたり、インスリンの分泌を促進したり、様々な役目をにない、体の炎症を鎮める抗炎症効果をもつといわれています。激しくぶつかり合うラグビー選手にとって、傷んだ体を素早く回復させてくれる修復細菌といえるでしょうか。
健康な普通の男性の腸内細菌などと比較したところ(1)ラグビー選手の腸内細菌のほうが多様性に富み、身体も炎症状態が低い(2)腸内細菌全体として、体の組織を修復する機能を多く備えている(3)細菌群がつくり出す短鎖脂肪酸の種類が豊富、といったこともわかったといいます。
アッカーマンシア菌が見つかるのは主に欧州で、日本ではあまり見かけない腸内細菌とされています。ただ、長寿の島々で知られる奄美群島で暮らす高齢者の腸内に多くいることが、岡山大学の森田英利教授らの研究でわかっています。長寿と腸内細菌の関係をまとめたイタリアの論文にも、長寿菌のひとつとしてあがっています(詳しくは「『長寿の島々』百寿者の腸内フローラが示す長寿の秘密」と「奄美の長寿者はトップアスリート並み? 運動が腸内フローラを鍛える」をご覧ください)。
マラソンランナーでも、ラグビー選手でも、腸内細菌側の主役は短鎖脂肪酸を生み出す細菌群です。整腸作用はもとより、免疫力の向上や肥満、糖尿病の予防、さらにストレスやうつ病予防まで。腸内細菌がだす短鎖脂肪酸は、様々な形で私たちの心と体の健康と深い関わりをもっています。その幅の広さが運動能力の向上などにもつながっている形です。
普通のひとも、運動で腸内環境を変えられる
運動と腸内細菌との関わりはアスリートに限りません。適度な運動を続けることで、普通のひとの腸内でも、細菌の構成が変わることが近年の研究で確かめられてきています。
米イリノイ大学の研究チームは、座りっぱなしの仕事・生活だった20~45歳の成人32人(女性20人、男性12人)に持久力を鍛える運動を6週間続けてもらい、運動を始める前後での腸内細菌の変化などを調べてみました。
すると(1)代表的な短鎖脂肪酸である酢酸、プロピオン酸、酪酸の便中の濃度があがり、腸内での短鎖脂肪酸を生み出す力が強まった(2)脂肪酸の増え方はやせ形(BMI25未満)で多く、肥満型(BMI30以上)では少ない傾向にある(3)BMIに関係なく酪酸産生菌は増加したといったことがわかってきました。
ただ、こうした運動の効果は、運動プログラムを終えて座りの生活に戻ると減少に転じる結果になったといいます。体づくりだけでなく、腸内環境をよくする意味でも、運動はこつこつ地道に続けていくことが重要といえるかもしれません。
(取材・文 田中郁也)
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